さて、飯である。
ゴッカー
豚々亭の豚丼
さて、飯である。
今日は豚々亭の豚丼以外ありえない。
たまにこういう日はないだろうか。特別に足しげく通った店でもない。だが、何の前触れもなく、その店の口になってしまう。
今日がその日だ。
今日の口は、甘辛醤油タレで焦がした香ばし豚バラに、粒立ち白米のワシワシ食感。
口の中にこいつが、通勤路の半ばからずっと居座っているのだ。
占めて三時間の片思い、そしてお預け。
辛抱たまらん。もうアホになりそうだ。ケダモノだ。飯に首ったけだ。
大して急ぎでもない資料を作る手は止まり、パソコン画面の隅っこにある時刻表示を、祈るような気持ちでチラチラ見る。何なら無意識に豚々亭で画像検索するなんて馬鹿な真似をして、空きっ腹を更に虐める始末である。
今の知能指数、IQ豚丼だ。うっかり問い合わせの電話でも取れば、豚丼と答えてしまうかもしれない。
ようやく昼休みとなれば、こうしちゃいられない。
小走りでオフィスを出て、まっすぐ大阪駅前ビルへ行く。
年季を嫌でも感じさせる造りのフロアを抜けて、とりあえず地下に潜ってから、第二ビル方面へ向かうと、目当ての豚々亭の看板が迎えてくれる。
いつ以来か、変わらないたたずまい。我慢できない心地から解放してくれる安心感だ。
看板が見えたら角を曲がればすぐに入口――
(おっと)
気持ち早めにずらした昼休みなのに、もう三人一組が待機している。
そうそう、こういう店だった。
いの一番に挙がる人気店の行列よりかはかなり控えめだが、昼時にはほぼ必ず順番待ちになる。気持ち早めの昼休みではダメ。完全フライングでないと、すんなり入れない。
外食産業が厳しいこの頃、よくこの賑わいを今日に残したもんだ。
と、食いしん坊なりに感動する反面、よりにもよって今日に健在ぶりを見せつけられると、少しそわそわしてしまう。
行列があれば別の店にしがちだが、最高の豚丼日和にそれはトンでもない。
IQ豚丼が、あながち冗談で済まなくなってきた。ここで豚丼を口にしなければ、生涯豚丼に心を奪われたままになってしまう。
テイクアウト用の窓、前からあったか新しくできたか、向こう側から肉と脂の焼き弾ける音と、食欲そそる香ばしさがこちらに届く。洗い物の食器がこすれ合う音も活気があって良い。
こういう待ち時間は、前の三人に倣って、メニューを眺めるに限る。
豚もやし、こっちは麺入り、生姜焼きにトンテキ、定食の面々も捨て難い。特にトンテキの新しいポスター……麻辣トンテキって何だ。痺れに辛み、素敵な響きだ。豚丼の口じゃなければ一択だ。
……。
まだかな。
スマホ程度じゃ暇潰しにならない。右手は箸を、左手は丼を持ちたがっている。それ以外を受け付けない体にされてしまっている。助けてくれ、豚々亭。店の回転を助けてくれ、平日のサラリーマン。
「お会計が――、――」
よしっ、一席空いた。運良く三人かけられる場所であってくれ。
「お次三名様――」
あってくれた。
「お会計少々お待ちくださーい」
良いぞ。トントン拍子だ。
更に一席空いて、カウンターへ。案内されたのはコンロの見える席だ。
「豚丼、お肉とご飯、大で。はい、単品で」
出来上がりまで眺めていられる。もうこれだけで、今日一日が大正解というもの。厨房に立つお兄さんも良い。食いしん坊そうな人の作る料理は、それだけで期待が上がる。
慎ましいフライパンで焼かれる豚肉とタレの良い香りだこと。丼ご飯にタレを回して、一段、二段、三段敷き詰め豚バラの丘、頂上にネギを散らして……。
今朝から決めていた一膳、豚丼ができあがる。
いただきますは心の中で。
嬉しい重みを感じながら、ネギを乗せた肉を一口。
モリッモリッと噛み応えのある肉を食べている時が一番、生を実感する。溶ける肉や解ける肉では得られない、ワイルドな満足感を、焦げた醤油タレが一層煽る。
米なんて、とっくにかきこんでいる。噛みにくくなるのをわかっていて、ついつい頬一杯にしてしまう。
美味い。
これと決めた飯を食べると、満足感が一気に最高になって、平らげるまで多幸感は振り切れっ放し。まるでゲームのチートモードだ。自惚れでも良いから、今は自分が世界一の幸せ者だと胸を張りたくなる。それが全然大袈裟にも思えないのだから、豚丼は偉大なのだ。
汁物を頼まなくて不安だったが、正解だった。肉、米、米のリズムにつけ入る隙が全くない。と言うかもう、丼って飲み物なんじゃないかってくらい、喉を流れるようだ。
最高潮のまま最後の一切れ、一粒。タレの照りが残る椀底すら気分を良くしてくれる。
ごちそうさまは口に出して、会計後に二回目を言う。
オフィスに戻る道中、余韻に浸りながら、明日はサブウェイで帳尻を合わせようと思いつつ、次の飯のことばかり考えていた。
◆◆◆
今回のお店はこちら。
https://tabelog.com/osaka/A2701/A270101/27004722/
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