第37話 リリイの真実

「さて」


 不死者の王を天に還した後、俺は周囲を見回した。

 まだ暴れている不死者たちが二百体以上いる。


「お前たちも、すぐに救ってやるからな」

 俺は神具を振るい、魔法を放ち、権能を使い、二百体の不死者を天に還していった。



 全ての不死者を天に還すと、俺はフレキとリリイの元へと向かう。

 フレキたちと別れた場所に戻っても、そこには誰もいなかった。


 気配を探る。なにも感じ取れない。

 気配を感じ取れるフレキならば、ともかくリリイの気配も感じない。

 つまり近くにはいないらしい。


「フウウウウウレエエエエエエキイイイイイイイイイイイイ!」


 俺は精一杯大きな声で呼びかける。魔狼の遠吠えと同じだ。


「ワォォォォオオオオオオン!」


 フレキの遠吠えが聞こえた。かなり距離がある。

 俺はそちらに全力で走る。


 フレキは全力に近い速度で移動しているらしい。

 今となっては成長した俺の方がフレキより速い。

 それに、フレキはリリイを乗せているので、全力は出せていないはずだ。



「フレエエエエエキイイイイイイ!」

「アオオオオオオオン!」

 声で連絡を取りながら、俺は走る。


 数分走って、やっと原野を走るフレキの姿が目に入った。


(あれは幽霊か?)


 ゴンザのようなたちの良い幽霊ではない。

 自我をなくし、ただただ本能に従い、体に取り憑こうとしている幽霊だ。

 それが十体。フレキと、その背に乗ったリリイを追っていた。


「はあああああ!」


 俺は一気に距離を詰めると、神具の大鎌を振るった。

 神具は幽霊を斬り裂き、天へと還す。


「大丈夫? フレキ、リリイ」

『うむ。かなり危なかったのじゃ』

「ありがとうございます」


 フレキに必死にしがみついていたリリイは息が上がっている。


 物理的な体を持たない幽霊には、通常の武器は効果はない。

 当然フレキの牙も爪も効果は無い。

 幽霊ですら斬れる神具が特別なのだ。


「魔法は?」

『もちろん、魔法で攻撃したのだが、効果が薄かったのじゃ。それでも半分ぐらいは仕留めたのじゃが』

「幽霊は厄介だね」

『うむ、四方八方から襲ってくるゆえな。途中からは逃げに徹したのじゃ』


 フレキはハアハアと口を開け、舌を出して息をしている。


「襲われたら、俺を呼んでくれれば良かったのに」

『そなたの邪魔をするわけにはいかぬ。意識がそがれて、万一のことがあっては困るのじゃ』

「そっか」


 フレキは母を失ったことが、頭にあるのだろう。

 俺がフレキを助けるために、少しでも危険に陥ることが嫌なのだ。


『それで、不死者はどうなった?』

「倒したよ。フレキ、リリイ、来てくれ」


 俺たちは不死者の王と不死者たちを倒した現場へと移動する。

 リリイはフレキの背から降りると、沢山の不死者だったものを見て、安心したように息を吐く。


「リリイ、安心したか?」

「……ありがとうございます。フィルさまのおかげで、ゼベシュの人族は救われました」

『これは……不死者の王だったものまであるではないか』


 フレキは俺が倒した不死者の王だったものの臭いを嗅ぎながら言う。


「うん。千体の不死者を率いていたのはこいつだったのかも」

『ふむ。フィル。見事じゃ。指揮官まで倒すとは』


 そして俺はリリイにもう一度言う。


「リリイ。これで安心できたか?」

「はい」

「…………もう未練は無いか?」


 俺は笑顔で、優しく尋ねる。

 フレキはじっとリリイの顔を見つめている。


「……はい、ありがとうございます」

 リリイは引きつったような笑顔を浮かべた。





「………………天に還れそうか?」

 俺の問いにリリイは直接答えない。


「……いつから、……ですか? いつから私が不死者だと気付いていましたか?」

「確信を得たのは今朝だよ。でも初めて会ったときから違和感は覚えていた」


 思い起こせばリリイに初めて会ったとき、不思議な感覚がした。

 それはきっと不死者の気配だったのだろう。

 不死者の気配と、人神の気配が混ざったものが不思議な感覚の正体だ。


「なぜ今朝、確信を得たのですか?」

「ああ、顔色が不死者のそれだった」


 それに、リリイの手を握ったとき、とても冷たかった。

 その温度はまるで不死者のそれだった。


「どうして、不死者である私の願いを聞いてくれたのですか?」

「不死者の願いを叶えられそうなら叶える。それが死神の望んでいることだ」

 ゴンザにしたことと同じである。


「そうだったのですね。ありがとうございます」

「それで……ゼベシュ地下の不死者の調査についてだが……」

「はい。協力する約束でしたね」


 俺は、一層リリイに笑顔で優しい声音で語りかける。

 怯えさせないようにするためだ。


「神殿地下の不死者を、管理していたのはリリイかな?」

「はい。フィルさまのご推察の通りです」


 リリイは神官に知られずに、ゼベシュを脱出するのに下水道を使った。

 それも冒険者たちも知らないゼベシュから外に出る入り口を使ったのだ。


 つまり、複雑な下水道を把握しているということ。

 そんなリリイが、神殿地下の空間を把握していないとは考えにくい。


 そもそも、神殿の地下は人神の領域だ。

 だからこそ、ゴンザは、死後十年経っても不死神に祝福されていなかった。

 人神の領域に人神の使徒に気付かれず、不死神の加護をうけた不死者を連れ込むことは難しい。


「領主の館の不死者も?」

「はい。私が管理しておりました」


 下水道を通じて、ゼベシュの外に出る入り口は軍事機密に関するものだ。

 領主の館の庭にあった涸れ井戸と同じ、軍事機密である。


 そして、ゼベシュにおける権勢は神殿の方が強い。

 弱い立場である領主が主導して人神の神殿の地下に不死者を隠すことは難しい。


「リリイ。どうして不死者を地下に集めていたんだ?」


 人神の使徒が不死者となり、そのうえ、大量の不死者を管理するなど、信じがたいことだ。

 何か理由があるはずである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る