第38話 リリイの真実その2
「それは……」
リリイは千体の不死者だった物を見る。
「この不死者の大群を迎え撃つために」
「不死者の襲撃を不死者を使って防ごうと?」
「その通りです。彼らはゼベシュを守る騎士たちです。死んでまで働いてもらうのは心苦しかったのですが……」
全ては生きている人族の犠牲を少なくするため。
大勢を救うために、少数の、それも死者を犠牲にしたということだろう。
「昨日、全ての不死者が天に還されていて、絶望いたしました」
「……謝らないぞ?」
たとえ街を守るための戦力だったとしても、不死神の加護をうけた不死者を見たら天に還す。
それが死神の使徒だ。
「はい、フィルさまは、死神の使徒として、なさるべきことをされただけです。恨んでなどいません」
「そうか」
俺はリリイをじっと見る。
不安げな、苦しそうな、そんな表情を浮かべていた。
千体の不死者が天に還り、リリイの望みはかなったはずだ。
だが、とてもではないが、今のリリイは未練を解消したようには見えない。
「リリイ。他に未練は無いか?」
「ありません。これでゼベシュは救われたのですから」
恐らく、リリイ自身が気付いていない未練があるのだろう。
残された未練を探らなければならない。
リリイが不死者になった謎と同時に、そちらも解明してやりたい。
できれば、リリイには未練を無くして天に還ってもらいたい。
それが、死神の意思であり、不死者になってしまったリリイの幸せだ。
「さて」
地下にいた不死者が何のためにいたのかはわかった。
だが、まだわからないことがある。
リリイがどうして死んだのかも知りたい。
他にもたくさん聞きたいことはある。
リリイはゼベシュ地下の不死者を管理していたという。
だが、あの不死者たちには、死神の権能が効かなかった。
つまり、ゼベシュ地下の不死者たちは、不死神の祝福を受けているということだ。
そして、不死神の祝福を与えるのは、不死神の使徒の権能である。
それに、ゼベシュの領主である辺境伯は不死者の存在を知っていたのか。
不死者を天に還した後の屋敷の反応から推測するに恐らく領主は知っていたはずだ。
不死者の存在を知っていたならば、なぜ、領主はなぜその存在を許したのか。
知りたいことは山ほどあるが、
「どうして、リリイが不死者になったんだ?」
まず、この問いから尋ねてみる。
そこから、聞かなければはじまらない。
「ええっと、どこからお話しすれば良いのか……」
「どこからでも構わないよ。話しやすい順番でいいよ」
俺はリリイが語り出すのをゆっくり待った。
数十秒、沈黙した後、リリイは語り出す。
「私はいつものように各地の人神の神殿を巡回していました」
リリイは下を向きながら、ゆっくりと思い出しながら話していく。
「ゼベシュに向かう途中、不死者がゼベシュの人族に害をなすという神託を受けました」
「神託? 人神さまの?」
「はい。人神の神託です」
神託だったならば、人神の使徒であるリリイは無視できないだろう。
「神託がくだされることは良くあるのか?」
「滅多にありません。だから、緊急事態だと考えゼベシュへと急ぎました。ですが、到着する前に魔物に襲われたのです」
「それで死んだのか?」
「はい」
気になる点はいくつかある。
「襲ってきたのは不死者だったか?」
「わかりません。……魔物でしたが、スケルトンではありませんでした」
「臭いは?」
「臭いはきつかったのですが、獣臭だったか、腐臭だったのか、私には」
屍肉を食らってばかりいる魔物の中には腐臭を漂わせているものもいるのだ。
素人が判断するのは難しかろう。
それも襲われ、命の危機に瀕しているときに、冷静に判断できまい。
「私は……死ぬ直前強く思いました。ゼベシュに神託を報せなければと」
報せられなければ、ゼベシュは無防備なまま不死者に襲われ、大きな被害が出る。
それを防げなかったことが、リリイが天に還れなかった未練なのだろう。
「死んだときに負った傷は?」
「わかりません。死ぬ少し前から、不死者として立ち上がってからしばらく経つまでの記憶が無いのです」
「ふむ。体に大きな傷はなかったのか?」
「はい。私が見る限りは」
つまり体の前側には、致命的な傷はないのだろう。
「背中は?」
「自分では見られないので……」
「じゃあ、背中を見せてくれ」
「え?」
リリイは驚いた様子で、体を両手で抱くようにする。
『……フィル』
「なに? フレキ」
『人神の使徒は狼の子ではないのだぞ』
「知ってるけど」
そんなことを話している間に、リリイの決心が固まったようだ。
「少し、待ってください」
「うん、わかった」
木陰に移動して、肌着を脱ぎ、素肌にローブを着た状態のリリイが戻ってくる。
「お待たせしました」
そういって、俺に背中を向けると、ローブを脱いだ。
リリイの白い背中が露わになった。
背中の中心、心臓の後ろ側に、小指の半分ぐらいの傷痕があった。
「これが致命傷かな?」
『そうであろうな』
獣の牙や爪ではこの傷は付かない。
背中から、心臓を細身の短剣でひと突きされたかのような傷痕だ。
(リリイを殺したのは魔獣ではないな)
俺がフレキを見ると、フレキも黙ってうなずいた。
不死者とは限らないが、少なくとも獣ではない。
剣を扱えるものが犯人だろう。
「リリイ、ありがとう。服を着ていいよ」
「はい」
リリイは肌着を身につけるため木陰に移動しにいった。
そんなリリイに俺は説明する。
「リリイ。背中には致命傷となる傷があった」
「そうだったのですね。自分で背中を触ってみて、少し傷があることは知っていたのですが」
「まあ、とても致命傷には見えない傷だよな」
そのぐらい小さい傷だった。
服を整えたリリイが戻ってくる。
「致命傷について聞いても、なにも思い出さない?」
「ええ、まったく……」
『死んだ前後の記憶については、持っていない死者も多いのじゃ。稀に数日の記憶が亡くなる不死者もおるのじゃ』
「そっか、まあ、そうだよな」
生者であっても、強い衝撃を受けて記憶を失うことがあるのだ。
そして、死ぬということは、何よりも強い衝撃だ。記憶ぐらい飛ぶだろう。
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