第35話 不死者の大群

 街の外は原野が広がっており、寝っ転がるだけで、とても楽しい。

 フレキも楽しそうに走り回っていた。


 日が沈んでから、俺とフレキはリリイに教えてもらった下水道の出入り口の近くで待機した。


 日没後、三時間が経ち、やっとリリイが現われる。

 リリイは、いつものように白い神官服を身につけていた。


「おまたせしました」

「うん。ちゃんと抜け出せたようで良かったよ」

「あの、その狼は?」

「この狼はフレキ、俺の育ての親で、先代の死神の使徒の従者でもあるんだ」

『よろしく頼む。人神の使徒よ』

「しゃ、しゃべった」

『魔狼とて、歳を経れば、言葉ぐらい話すのじゃ』


 どこか自慢げにフレキはそう言った。


「そうだな、リリイは足が遅いだろうし、フレキに乗って移動した方が良いな。フレキいいかな?」

『……フィル』

 フレキは何か言いたげに俺を見る。


「なに?」

『……ん、かまわぬ』


 フレキは大きくなる。小さい頃から俺が慣れ親しんだ、フレキの姿だ。


『わしの背に乗るがよい、人神の使徒よ』

「はい、失礼して……」



 俺はリリイを乗せたフレキと一緒に走って行く。

 不死者の大群がいるという、人神の神託があった場所は、それなりに遠かった。

 歩いて行けば三日。俺とフレキがそれなりに急いで走れば半日ほどの距離である。


「魔狼の森の方向じゃなくて良かったよ」

『そうじゃな』

「あの、フィルさまは、フレキさまのことを育ての親とおっしゃいましたけど、フレキさまに育てられたのですか?」

「そうだよ。生まれた直後に捨てられてね」

「それはひどいです」


 そんなことを話しながら、俺とフレキは走って行く。

 夜が明けるころまで走り続けると、不死者の気配を感じ取れるようになった。

 足を止めると、俺は一人で高い木に登る。


 五百メートルぐらい離れた場所に、不死者たちが千体ぐらいいた。

 腐肉がついている者も、スケルトンもいる。

 生前の種族は多様だ。人、魔熊、魔狼、ゴブリン、オークもいる。


『フィル、どうじゃ?』

「千体。スケルトンも腐っているのもいるな」

『人の不死者か?』

「人以外もいるけど、八割は人だ。この辺りで合戦でもあったのか?」


 俺が木の上から尋ねると、

「三年前に」

 そうリリイが教えてくれた。


「そうか。ちゃんと燃やして葬らなかったんだな」


 合戦において死骸は放置されがちなのだ。



 俺が木から下りると、リリイが言う。


「フィルさま。やはり千体に一人で対処するのは無理です」

「いや、大丈夫だよ」

「いくら死神さまの使徒でも、フィルさまは人族なのですよ!」

「俺は人族だが死神の使徒だ。魔物千匹なら難しくとも、不死者千体ならいける。な、フレキ」

『…………まあ、いけるであろ。フィルならば』


 フレキがそういっても、リリイはまだ心配そうだった。


「フレキ。リリイと一緒に待っていてくれ」

『わかった』

「私も――」


 リリイが付いてきたそうにするので、俺は忘れずに尋ねる。


「リリイはどのくらい強い?」


 これを聞かなければ、フレキに叱られるところだ。


「神官から護身術を習っています」


 その程度では役に立たないだろう。


「不死者に対して何か特別な力があるとかは?」

「……ありません」

「ならば、フレキと一緒に待っていてくれ」

「ですが――」

「はっきりといえば、足手まといだ」

「……わかりました」


 リリイはしゅんとして、うなずいた。

 少し可哀想な気もするが、はっきり言わずに付いてこられたら困る。


「じゃあ、フレキ、頼んだ。不死者と俺から距離を取ってくれ。大規模な術を使う」

『わかった。充分に離れておこう。わしらを気にせず思う存分力を振るうが良い』

「ああ。奇襲にも気をつけて」

『わかっておる。あのようなことには二度と』


 フレキに向かって頷くと、俺は抑えていた魔力を解放する。


『相変わらず美しい銀髪に、綺麗な赤い目じゃ』

「ありがとう」

 そして、死神の神具「メメント・モリ」を大鎌へと変形させる。


「行ってくる」

『武運を死神さまに祈っておる』

「人神よ、どうかフィルさまにご加護を」


 フレキとリリイの祈りの言葉を聞いてから、俺は走り出す。

 周囲には、フレキとリリイと、そして不死者たちしかいない。


 だから魔力を抑える必要が無い。

 そもそも力を抑えたままで、勝てる相手でもない。


 俺は魔力で身体能力を強化すると、一気に走る。

 五百メートルを三十秒足らずで駆け抜けて、一気に千体の不死者に向かって突っ込んだ。


 魔力を抑えていないから、不死者たちは俺の接近に気付いている。

 だが、不死者たちが反応し、身構える前に俺は突っ込んでいく、


「ここはお前たちのいる場所ではない。天へと還れ」


 千体にまとめて奇跡を行使する。

 三百体ほどが、それだけで天に還った。

 つまり、その三百体は不死神の眷属ではなかったということだ。


「不死神の眷属は七百体か」

 大分、楽になった。


「なぜ、全ての不死者を祝福しなかったのか。まあ楽で良いんだが」


 俺は巨大な火炎を作り出して、数十体の不死者を焼いた。

 直後、焼いた数十体に向けて奇跡を行使する。それで数十体が天に還る。


「お前ら。天は悪いところじゃない。安心して還るがいい」


 俺目がけて殺到する不死者目がけて、大鎌を振るう。

 一振りで十体を超える不死者が天に還った。


「お前たちのことも、死神は救済してくださる。安心しろ」


 俺は魔法を使い、大鎌を振るい、不死者を次々と天に還していった。

 残りの不死者が三百体をきったとき、


「……化け物が」

 俺の背後から低い声がした。

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