第34話 使徒と使徒

 俺は頭の中で整理する。

「人神の使徒としては、とにかく人の犠牲者を少なくしなくてはならぬと」

「はい」

「人の死を減らすためには、少なからず人が死ぬ選択肢を選ばなければならないと」


 不死者の大群が襲来することを、いつ誰に明かすかによって死ぬ者が決まる。

 それは、リリイが死ぬ者を選ぶということでもある。

 言い換えれば、リリイが守るべき人族を殺すということだ。


「はい。しかも、私の選択で、もっと人が死ぬ可能性すらあるのです」


 リリイが人族の犠牲者が最小となると思って選択しても、正しいとは限らない。

 全員が逃げられないタイミングで明かしたことで、準備が足りなくなり、全員死ぬかもしれない。


 準備できるように早めに伝えたことで、ごく一部の戦闘要員だけ逃げ、民が全滅するかもしれない。

 その結果、全滅した民の中から、不死者が生まれ、更に増えた不死者によって他の都市まで、滅びるかもしれない。


「使徒さまの今の願いは、ゼベシュの街の人族を不死者の大群から救うこと、でいいかな?」

「はい」

「……そうだな、ええっと」


 考え込む俺を見て、リリイが言う。


「…………ごめんなさい。やはり相談すべきではありませんでした」

「そんなことはないだろう。相談した方が良い結論を出せる場合は多い」

「いえ。これは使徒が一人で考え、一人で結論を出し、一人で責任を負わねばならぬことです」

「それもまた、正しいが……、使徒さまは運が良い」


 そういうと、リリイは首をかしげた。


「運が良いとは?」

「俺は不死者の専門家だって言っただろう?」

「……はい」

「その不死者の大群、俺が倒してこよう。それで解決だ」

「さすがにそれは、無理だと思います」


 そうリリイが考えるのも無理はない。


「使徒さま。内緒にできるか?」

「なにをですか? あ、もちろんなんであろうと内緒にできます」


 こうなったら、俺の正体を明かした方が良い。

 きっと、リリイならば、俗説に惑わされず死神について、理解してくれるだろう。


「実は俺は死神の使徒だ」

「………………本当ですか?」

「ああ、本当だ」


 俺は魔力を少し解放し、髪を銀色にして、目を赤くする。

 そして、すぐに戻した。


「なんと……なんと……、人神よ、ありがとうございます」


 リリイは人神の像に跪いて感謝を述べる


「死神さま、使徒さまをお遣わしくださり、感謝いたします」


 リリイが立ち上がってから、俺は尋ねる。


「死神が恐ろしくないのか?」

「なぜですか? 死神さまは不死者を滅ぼす神でしょう?」

「まあ、そうなんだが」

「きっと、私とフィルさまが会ったのは、人神と死神さまの思し召しです」


 リリイは嬉しそうに微笑む。


「ということで、安心して少し待っていてくれ。不死者を滅ぼして戻ってくる」

「私もいきます」

「え?」

「フィルさまが、失敗するか成功するか、人神の使徒として見届けなければなりません」

「うーん」

「失敗したら、即座に別の方策をとらねばなりません。使徒として」


 使徒としてと言われたら、同じ使徒として、反対しにくくなる。


「わかった。だけど、使徒さま――」

「使徒さまと呼ばないでください。リリイと呼んでください」

「わかった。リリイ、外に出られるのか?」

「下水道を使います」


 それから俺はリリイと神殿を抜け出す方法を話し合った。

 どうやら、ゼベシュの外につながる下水道の入り口があるらしい。


 夜の礼拝が終わった後、人神の使徒は自由時間となる。

 だから、そのときに脱出し、ゼベシュの外で合流することになった。


「そういえば、神殿の地下と領主の館の地下に不死者がいたんだが」

「先ほども、そうおっしゃってましたね」

「人神さまの神託でなにか教えられてないか?」

「まったく、なにも」


 人神の神託で触れられていないならば、ある意味では安心だ。

 人族を守る人神が、地下の不死者の件は後回しにしてよいと判断したのだろうから。


「あとででいいのだが、神官が不死者を管理している可能性がある。調査に協力して欲しい」

「わかりました。不死者の大群の問題を解決しましたら、必ず」


 その後、俺はリリイと別れると、神殿を出て、冒険者ギルドに戻った。

 フレキと合流して、ギルドを出る。

 人通りの少ない街を歩きながら、俺は小声でフレキに説明した。


「……ということで、不死者を退治しに行くことになったよ」

『人神の使徒と一緒か。なにから説教すれば良いのやら』


 フレキはそういうと、呆れたようにため息をつく。


「なんだよ。成功するかどうか確かめたいって言われたら断れないだろう?」

『そもそもだ、その使徒の戦闘力はどうなんじゃ?』

「……そういえば、聞いてない」


 フレキはもう一度大きくため息をついた。


『そんな足手まといを連れても、大群に余裕で勝てると。新米使徒さまは随分と自信があるようじゃなぁ』

「そんな、皮肉を言わないでよ。確かにそれは……考えが抜けていたかも」

『だから、心配だったのじゃ。フィルは女慣れしていないゆえな……』

「そんなこと……ないと……思うんだけど」

『そんなことはないと言い切れるかや? リリイがおっさんだったら、冷静に戦闘力の有無は聞いていたはずじゃ』


 黙る俺の耳元で、フレキはずっと話し続ける。


『初めて触れた同族の女子おなご、しかも同い年ぐらいの可愛い女子だからこそ、守る対象だと無意識に思ったのであろ』

「…………」


 返す言葉もない。


『はぁ~。本当に心配じゃ。これではわしもおちおちと天に還れぬわ』

「ごめんなさい」

『まあ、済んだことは仕方あるまい。これから気をつけるのじゃぞ』

「わかった」


 そんなことを話しながら、俺とフレキはゼベシュの街を歩いて行った。

 ご飯を食べてから、街を出て、夜になるのを待ったのだった。

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