第28話 変化した街

 ともに行動するならば、幽霊の名前を知っておいた方がいい。


「幽霊、名前は?」

『俺はゴンザっていうんだ、使徒さまは?』

「俺はフィルで、こっちの狼がフレキだ」


 それから俺はゴンザの大腿骨を手に取る。


「どうやら、ゴンザはこの大腿骨から離れられないようだからな」

『すまねえ。使徒さまには苦労を掛ける』

「いいよ。気にするな」


 俺は鞄から魔鼠の死骸を一匹とりだし、代わりに大腿骨を突っ込んだ。


『魔鼠……こいつら恐ろしいんだ。俺が崩れた木箱で動けないとみるや一斉に襲いかかってきて』

「食べられたのか?」

『生きたままな』

 それは、あまり想像したくない。


 俺は鞄から取り出した魔鼠の死骸と、先ほど積んでおいた死骸をまとめて持つ。


「死因は魔鼠だったか」

『魔鼠に自分の肉を食われて、気を失って、気づいたら幽霊になっていたよ』

「骨一本しか残っていなかったけど」

『残りは多分、魔鼠の胃袋の中だろう』


 持って行ける部分は全部巣に持ち帰ってガリガリ食べたのだろう。

 大腿骨が残ったのは、木箱に踏まれて持ち帰れなかったからだろうか。


「なんで大腿骨は食べられなかったんだ?」

『多分だけど、木箱の中身が殺鼠剤だったからじゃないかな。荷崩れのときに少し漏れていたし』

「なるほどな」


 謎は解けた。

 魔鼠は多少殺鼠剤がかかった程度なら食べられる。

 だが、しっかりかかった大腿骨は食べられなかったのだろう。


 もしかしたら、大腿骨付近の肉を食べた魔鼠は死んだのかもしれない。

 それで、魔鼠が学習した可能性はある。


 俺とフレキは物置を出ると、開けた穴を一応塞いでおく。

 レンガを積み上げて、穴を塞いだだけなので、蹴り飛ばせばまた穴が開くだろう。

 だが、暗いので目立たないし。蹴っ飛ばす者もそういないに違いない。


「本当は冒険者ギルドに報告して謝りたいけど」

『そんなことをしたら、三十体の不死者が天に還った件とわしらが結びつけられてしまうからのう』

「そうだよね」


 報告するにしても、全てが解決してからだろう。


 俺とフレキは下水道を歩いて、冒険者ギルドの中庭にある出入り口から外へとでる。

 ゴンザは鞄に入った大腿骨と一緒に、俺たちの近くを付いてきた。


「ゴンザ。先に手続きをするから少し待ってくれ」

『うん、わかってる』

 魔鼠の死骸を持ったまま街中を歩き回るわけにはいかないのだ。


 俺とフレキは冒険者ギルドの受付へとまっすぐに向かう。

 ゴンザは幽霊なので、誰も気付いていないようだ。


「あれ、なんか悪寒が……嫌な気配がする」

 たまにそんなことを言っている者がいるが、ほとんどの者はなにも気づいていない。


 俺は受付で魔鼠の死骸を提出する。

 魔鼠の死骸を出す際には、大腿骨を見られないように気をつけた。


「おお、沢山退治したな! 初回にしては見事な成果だ!」

「一匹二千ゴルドだから、十匹で二万ゴルドかな?」

「お。少年、計算が速いな。素晴らしいぞ。計算ができないと、損するからな」

「そうなのか?」

「ああ、数をごまかそうとする奴は山ほどいる」


 お金を受け取った後、俺とフレキ、ゴンザはギルドの外へと出る。


『あぁ、懐かしい』

 どうやら、ゴンザが死んでから街の風景は大きく変わっていないようだ。


「ゴンザ、家がどっちにあるか、わかるか?」

『わかる。俺の家は、この通りをまっすぐ進んで……』


 ゴンザの案内で俺とフレキは歩いて行く。

 どうやらゴンザの家は、ゼベシュの外縁部の方にあるらしかった。

 どんどんと、街の中心から離れていく。


『もう少しのはずなんだが、この辺も変わったかも……』


 ゴンザは不安そうに言う。

 変わったと言うことは、時が経ったと言うこと。

 時が経っていれば経っているほど、アンナの生存率が低くなる。


『ここ……のはずなんだが……』


 ゴンザがそう言ったのは【ディーンの金物屋】という看板のある建物だった。

 建物の住人は変わっているらしい。


「建物自体はどうなんだ?」

『多分、同じだと思う』

 ゴンザは建物の中をのぞき込む。


「知っている奴はいるか?」

『いない。……アンナは引っ越したのかも知れない』

「親戚は?」

『…………いない』

『親戚もいないとなると……絶望的じゃ』


 フレキが気の毒そうにゴンザを見つめながら、そう俺の耳元で呟いた。

 ゴンザはまるで肉体があるかのように、力なく膝から崩れ落ち、地面に手をついた。


「聞き込みをするか」


 せめてアンナの墓に参らせてやりたい。

 アンナは親も親戚も、財産もない幼子だ。きっと個別の墓はないだろう。

 だが、どの集団墓地に埋葬されているかは調べてやりたい。


 そんなことを考えていると、

「少年、どうした? 何か用かな?」


 ディーンの金物屋から男が顔を出す。

 二十歳ぐらいの背の高い男だった。


「いや、このあたりに、ゴンザの金物細工の店があるって聞いたのだけど……」

「ゴンザ?」


 男は真剣な表情で考える。


「ああ、アンナの親父か。随分と前にいなくなったって聞いているよ」

「アンナを知っているのか?」『アンナを知っているのか?』

 俺とゴンザの声が重なった。

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