第24話 謎の地下空間
下水路全体が暗いこともあって、その補修あとは本当に目立たなかった。
『左官職人もこんなところで本気出さなくても良かろうに』
フレキがそんなことを言う。
「たしかに、この見事な補修あとが誰にも気付かれないってのはもったいないかもね」
お屋敷の目立つ外壁の修復などで、存分に腕を振るってほしいものだ。
「で、折角の補修あとを壊さねばならないと……」
『心苦しいものじゃな』
「あとで、謝っておこう」
冒険者ギルドに壁を壊してしまったと報告して、弁償金を支払わねばなるまい。
俺はせめて修復が簡単になるように、慎重かつ丁寧に、壁をゆっくり壊していく。
目地にナイフを突っ込んで慎重に削り、レンガを一つずつ抜いていく。
俺が入れるぐらいの隙間が開くまで、三十分かかった。
穴の中に入ると、そこは真っ暗だった。
排水溝から入る光が届かないからだ。
『夜目の魔法、使っておるな?』
「使っているけど、やっぱり暗いね」
『わしも夜目の魔法を使わねばならぬほどだからな』
――KIIIIIII
穴の中には大量の魔鼠がいた。
それが一斉に襲いかかってくる。
「魔鼠の巣になっていたみたいだな」
きっと、魔鼠なら通れるぐらい小さな通り穴があるのだろう。
襲いかかってきた魔鼠を蹴り飛ばし、手で払いのける。
『この状態でも殺さぬのか?』
フレキは牙と爪を使って、魔鼠を次々と殺している。
「いやぁ、面倒だけど、殺さなくても、別に対処できるし……」
『そうか』
「だけど、フレキにばっかり殺させているのは果たしてどうなのだろうとも思う」
『ふむ? 魔鼠を殺すのは魔狼の本能であるし、正直なところ楽しくもあるのだが……』
――GAU!
フレキは一声だけ短く吠えた。
それだけで、魔鼠たちは一斉に逃亡を開始する。
『新米使徒さまを悩ませるのも本意では無いのじゃ』
「……それができるなら、最初からやってくれよ」
『だから言ったであろう? わしは魔狼、魔鼠を殺すのは楽しいのじゃ』
「死神の従者だったものとは思えない生命を軽んじる言葉」
『そうはいうがな。わしは魔狼じゃ』
魔狼が魔鼠を殺すことは、自然なこと。
一部の蜘蛛がゴキブリを殺すのと同じだ。
きっと、死神も怒りはしないだろう。
俺はフレキが一瞬で殺した魔鼠五匹に声を掛ける。
「死神によろしく」
天に還ったのを確認したあと死骸を固めておく。
「鞄は一杯だけど、死骸を放置するわけにもいかないし。忘れずに持って帰ろう」
『そうじゃな。壁を壊した弁償金の足しにもなるであろ』
魔鼠が襲いかかってこなくなったので、俺とフレキはゆっくり進む。
「壁の向こうに結構広い空間があったんだな」
その空間は長さ三十メートル幅五メートルほどの細長い形状をしていた。
天井までの高さは五メートルほどあった。
『元からあった空間を、神殿の地下倉庫にしたのかも知れぬな』
「なるほどなぁ。地下倉庫だからこそ、しっかりと穴を塞いだのかな」
その可能性は高い気がした。
広い空間の至る所に大きな木箱が沢山積み上げられている。
それに、床には下水路を潰したような跡もある。
神殿が権勢を持ち、地下の空間が必要になり、作られたのかも知れない。
その際に、下水道とのつながる部分をふさいだのだろう。
「うーん、それにしては塞ぎ方が甘いよな」
ナイフ一本あれば、三十分で中に入れる状態なのだ。
防犯意識が低いと言わざるを得ない。
『ただの物置なのじゃろ』
木箱を調べていたフレキが言う。
『これをみるのじゃ』
「む? えっと、なんだろうこれ。食器? しかもあまり高そうじゃない」
『きっと施しの時に使うものであろ。こっちは、儀式で使う祭具じゃな』
「祭具? 高い物?」
『いや、数十年に一度レベルの大規模な式典で使われる数百人の信者に持たせるものじゃ』
「なるほど、あまり価値のない物だけど、捨てるには惜しい物が置かれていると」
皿も祭具も高いものではない。そのうえ人神の印が入っている。
盗んだとしても、売るのは難しい。
『ほら、あれをみよ』
「む?」
フレキが鼻先で示す先、下水道とは逆の方向には、階段があって太い鉄格子が嵌められていた。
大きな錠もかけられている。
「なるほど、こちらから神殿に入れないようにしていると」
『神殿には高価な物もあるからのう』
地上に上がる階段の付近には特に木箱が沢山積み上がっている。
それも積み上げ方が乱雑だ。
奥まで、つまりこちらまで運ぶのが面倒だったのだろう。
「だけど、あの錠前、完全に錆びているね」
遠目に見ても、大きな錠が完全にさび付いていることがわかる。
これでは正しい鍵を持ってきても、開けられない。
壊した方が早いだろう。
「数年は放置されてないとこうはならないよな」
『そうじゃな』
もしかしたら、神殿の権勢が高まり、使える土地が増え、新たに倉庫でも建てたのかもしれない。
「で、俺たちが探している神器は木箱のどれかの中な?」
『恐らくな』
「大変だな」
木箱は大量にあるのだ。
『気配を探るのじゃ』
「そうはいっても、漠然とこっちの方かな程度にしかわからないんだけど。多分、下水道に近い方だよ」
『それは、不幸中の幸いじゃな。乱雑に積み上げられた、階段の方の木箱などしらべたくないのじゃ』
「同感だよ」
俺とフレキは下水道近くの木箱から中身を調べていく。
『で、不死者の気配は?』
「…………あるよ。人神の神殿だから、わかりにくいけど」
近くに居るのは間違いない。だが、どこに居るかはわからない。
まさに神器と同じである。
『まずは神器からでよかろう』
「そうだね」
積み上がった重たい木箱を床におろして、中身を確認して次に行く。
「鍛えておいて良かった」
『であろう? 鍛えておいて損はないのじゃ』
そんな無駄口を叩きながら、木箱を調べていく。
ほとんどが食器やら、何に使うかわからない祭具である。
「これは、古着? 虫食ってるな」
こんな環境に衣服を放置したら、当然虫の餌食だ。
『とりあえず、使わないものを木箱に突っ込んで放置したのであろ』
「ん? あった。多分これ?」
木箱の中を探していたら、使徒の勘に引っかかる物が見つかった。
木の棒のような祭具が沢山詰まった木箱の中に、外見は似ているが、雰囲気がまったく違う物が入っていた。
それは〇・一メートルほどの棒だ。まるでナイフか剣の柄のように見える。
『おお! 見つけたか! まさにそれが死神の使徒の神具じゃ』
「なにがどうなって、祭具に混ざったのかわからないけど、とにかく混ざったんだなぁ」
『不思議なこともあるものじゃ』
「でも、フレキ、鎌って言ってなかった?」
もしかしたら、フレキはおじいちゃん狼なので、記憶が曖昧でも仕方がないのかもしれない。
そんなことを思っていると、フレキが尻尾を振りながら言う。
『それが鎌なのじゃ。やり方はわからんが、鎌に変化するのじゃ』
「ふむ?」
フレキにそう言われたら、鎌になりそうな気がしてきた。
「おっ?」
鎌にしようと思った次の瞬間、その棒が突然大きな鎌へと変化した。
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