第25話 神具「メメント・モリ」

 その鎌の柄は二メートルぐらいあり、刃は一・三メートルほどある。

 神具の使い方は、奇跡を行使する方法と同様に、自然と理解できていた。

 使徒になったとき、死神が教えてくれたのだろう。


「それにしても、でかいな」


 俺は鎌を振ってみる。大きいのに、あまり重たく感じない。


『人族の間では、死神の鎌という慣用句があるが、その神具が由来じゃ』


 確か「死神の鎌に刈られる」といった使い方をするとフィルに教わった。

 そんな危ないことをしていたら、いつか死神の鎌に刈られるぞといった感じで使われるそうだ。


「なるほど。これが死神の鎌。よろしくな、死神の鎌」

『そうではない。その神具は、メメント・モリと言う名じゃ。意味はわからぬが』

「メメント・モリ、『……死を忘れる事なかれ』か。死神の使徒が持つ神具としてふさわしい名だな」


 俺がそう呟くと、フレキが目を見開いた。


『フィル、なぜ、意味がわかるのじゃ?』

「なんでだろう。死神が教えてくれたんじゃないか? 権能とか神具の使い方と一緒に」

『それはない。先代さまは意味を知らなかったゆえな』


 道理で、フレキが驚くはずだ。


「先代も知らなかったのならば、多分前世の知識じゃないかな?」

『ふむ……つまり、フィルの前世は死神の使徒の関係者だったのかもしれぬな』

「いや、歴史学者だったから、古代の言葉を知っていただけかもしれないよ?」

『その可能性も、十二分にありうる』


 そんなことを話しながら、俺は神具を振ってみる。


「凄く手に馴染む」

『神具であるからな』

「小さくできるのも良いな」


 大鎌のままだと、目立って仕方がない。


 俺は木箱を壊さぬように気をつけながら、大鎌を大きく振りながら、足を動かす。


『これほど木箱が沢山ある部屋の中だというに、見事なものじゃ』

「これもフレキの特訓の成果だよ、ありがとう」


 大鎌で戦う訓練はしていない。

 だがフレキに教えてもらった足さばきをはじめとした体の動かし方は、大鎌を振るうのにも役立っている。


『そうならば、教えた甲斐があったというものじゃ』

 嬉しそうにフレキは尻尾を揺らした。


「この鎌を振っていると、不死者の気配に敏感になる気がするんだが」


 神具を振るほど、気配をはっきり感じるようになっていく。

 気配が強くなっているのではない。

 気配は薄いまま、はっきりと感じ取れるようになったのだ。


『ふむ? 先代さまから、そのようなことを聞いたことはないが……。ここが人神の神殿地下だからかもしれぬな?』

「人神の気配を、鎌が取り除く的な?」

『なんと表現すれば正しいのかはわからぬがな』


 ここは人神の神殿の地下。当然のように人神の影響力が及んでいる。

 だから、俺は死神の使徒の力を発揮しにくいのだ。


「もしかしたら、神具自体が神殿のようなもの? とか?」


 小さな神殿が手元にあれば、人神の影響力を弱めることができるだろう。

 そうなれば、俺も死神の使徒の権能を発揮しやすくなり、不死者の気配を感じ取りやすくなる。

 そう言う理屈かも知れない。


『どちらにせよ。不死者の気配を感じたのであろう? どっちだ?』

「こっちだ」


 俺は壁に向かってまっすぐ進む。そちらは神殿の中枢部に近い方向だ。

 下水道と地上につながる階段の中間あたりの壁である。


「この向こうだな。しかも数が多い。数十体はいそうだ」

『人神の神殿の地下に大量の不死者じゃと?』

「穏やかじゃないなぁ」


 壁には補修跡はない。埋めたわけではなく、しっかりと壁として作られている。


「少し壊すのは大変かもな」


 一度地上に出て、隣の部屋につながる通路を見つけて入る方が速い。

 だが、地上では自由に動けないだろう。


「魔法で吹き飛ばすのが良いんだろうけど、音はともかく振動がなぁ」

『メメント・モリを使えばよかろう?』

「え? 壁を神具で斬るの? 刃こぼれしない?」

『神具じゃぞ?』

「じゃあ、試してみるか」

『一応覚悟しておくのじゃ。不死者どもが大量にいるのであろう?』

「ああ、わかっている。フレキはこの部屋で待っていてくれ。神具の威力を確かめたい」

『うむ』


 俺は神具の大鎌を振るって石の壁に斬りかかる。

 何の抵抗もなく石が切れた。

 四角く切り抜いて、蹴り飛ばすとあっさりと穴が開く。

 石の壁は〇・五メートルほどの厚さがあったが、何の苦労もなかった。


「……これは」


 壁の向こうには三十体の不死者がいた。

 全員が人型の不死者だ。綺麗な鎧を身につけ、剣や槍、盾を持っている。


 鎧で隠されていない顔や手が緑色で腐敗している。

 腐敗臭はまだ控えめだ。


「臭いから判断するに、不死者になったばかりか?」

『腐敗を抑える魔法はあるのじゃ。一概には言えぬ』


 不死者たちは俺を見ている。

「………………」

 だが、無言のまま動かない。


『どういう状態じゃ? 不死神の支配下にないのかや?』

「調べて見よう」


 不死神の支配下にあれば、俺の死神の使徒の権能が通じないはずだ。

 俺は最も近くにいた不死者の前に立つ。


「お前はなぜ、天に還らない? 何か未練があるのか?」


 未練を残して死んだ不死者であれば、未練を聞いてやりたい。

 叶えてやれるかはわからないが、聞いてやるだけでも救われる魂はある。


「…………」

 不死者はなにも語らない。


「そうか。何も話すことはないか。……天はいいところだよ」


 俺は不死者に右手で触れて、死神の使徒の権能を行使しようとした。

 だが、通じなかった。


「やはりだめか」

『不死神の支配下にあると言うことかや?』

「そういうことだね」


 三十体の不死者の暗い腐った眼が、俺をじいっと見ている。


「安心しろ。お前たちのことも、死神は救ってくださる」


 俺は神具を不死者の首を目がけて振るった。

 すると、不死者は初めて大きく動いた。剣で自分の首をかばおうとする。

 その動きは素早く、訓練された動きだ。


 だが、神具はその剣を容易く斬って、不死者の首をはねる。


「……、…………。タス……ケテ……」


 刎ねられて転がりながら首は何かを呟いた。

 不死者の支配から解放され、声を出せるようになったのだ。

 同時に、魂は天へと還っていく。



 神具で斬ると、不死者の支配から解放することができるようだ。

 それだけでなく、天に還すことすらできるらしい。


 神具なしで、不死神の支配下から解放するは、攻撃して体にダメージを与えなければならない。

 神具を使った方が、不死者に苦しみを与えなくて済む。


「わかっている。全員救ってやる」

「……」


 そういうと、他の不死者たちからも、ほっとした気配が伝わってくる。

 死神の使徒だからか、不死者の感情が少しわかる。


「順番に救ってやるからな」


 俺は神具で次々と不死者の首を刎ねて魂を天に還した。

 どうやら、不死者たちは自衛以外の行動ができないらしい。

 逆に、自衛したくなくとも自分の身は守ってしまうようだった。


 不死者たちは、みな優れた戦士だった。

 自衛以外の動きもできたのならば、俺も苦戦していたかもしれないほどだ。


 三十体の不死者を天に還した後、部屋を調べる。

 地上とつながる部分には鉄格子が嵌められていた。

 その鉄格子は、先ほどの物置部屋に比べて新しく、さび付いてもいない。


「人神の神殿が、不死神が祝福した不死者を、地下で管理していたと?」

『そうとしか思えぬ状況だが……理由がわからぬ』


 しかも人族の不死者だ。

 人神の庇護下にあるはずの人族を、人神の神殿が不死者にする理由がわからない。


「使徒リリィは知っているのか?」

『知っているわけなかろう。人神の使徒が人の不死者を容認するものか』

「そうだよな。考えにくいよな」

『神官が、不死神に通じているのやも知れぬ』

「人神の神官が、人神の使徒を裏切るかな?」

『考えにくい。だが使徒が不死者を管理する方が考えにくい。それに神官でなければ、神殿でこのようなことできぬであろう』


 フレキの言葉はもっともだと俺も思った。


「本格的に調べる必要がありそうだな」

『うむ。あ。室内だから燃やさなくても良いぞ。神具で斬ったから魂も取憑けないゆえな』

「そうだね」


 人としての俺は、彼らを埋葬してやりたいと思う。

 だが、俺は死神の使徒。

 目の前の死体の魂は既に天に還ったことを知っている。


 そして、死体に、どの魂ももはや取り憑くことはできない。

 死体はただの肉塊だ。魂的に、もはや意味は無いのだ。

 使徒としては、できる弔いは全て終わっている。


「じゃあ、戻ろうか」


 そうして、俺とフレキは物置小屋を通って下水道へと戻ると、

『……ひぃ』

 怯える小さな声が聞こえた。

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