第23話 下水道探索
冒険者ギルドを出た俺は、教えてもらった武器防具の店に向かって歩き出す。
「武器防具のことを、すっかり忘れていたな」
武器や防具の存在も使い方も知っている。
フレキとの特訓で、木剣や木の盾は使っていた。
それでも赤子の頃から俺の周りには魔狼しかおらず、魔狼は武器も防具も使わない。
だから、武器防具を買うことを忘れていた。
『……フィル、逃げたな?』
元気に歩く俺にフレキが言う。
「……鼠を殺すか殺さないか問題からってこと?」
『うむ』
「だって、よくわからないから。後回し。ダメかな?」
『そなたがそう決めたらば、それが良かろう。だが、自分の身を守るためならば、殺すことを躊躇うでないぞ』
フレキは真剣な声音でそう言った。
「わかっているさ」
『絶対にだ。絶対に、自分の身を第一に考えるのじゃ』
フレキは言い聞かせるように、そう言った。
娘である俺の母を亡くしたことが、念頭にあるのだろう。
俺とフレキは装備屋に行き、短めの剣と革の鎧を買った。革の丸盾も忘れずにだ。
その後、冒険者ギルドの中庭にある下水道の出入り口から中へと入った。
下水道の中は、とても臭くて、暗かった。
『夜目の魔法は使えるな?』
「もちろん」
俺は夜目が利くようになる魔法を使う。
「魔狼はいいよな。魔法なしでも見えるんだろう?」
『真の闇ならば見えぬが、この程度ならばな」
下水道の先を見ると、十数メートルごとにわずかに光が漏れていた。
地上の道沿いにある排水溝だろう。
『だが、鼻が……臭いのう』
「ああ、魔狼は鼻がいい分きついよね。外で待っている?」
『舐めるでない! なんてことないわ!』
そういって、フレキは尻尾をピンと立てた。
俺は落ち着いて下水道を観察する。
「立派な下水道だなぁ」
出入り口から下水道まで、大体二階分地下へと降りた。
下水道の通路の床から天井までの距離は三メートルぐらいあり、横幅は二メートルほどあった。
「通路は下水の左右に一メートルか」
このぐらいあれば、充分戦えるだろう。
『フィルの前世の単位か。その一メートルってのは、何フェルトなんじゃ?』
「えっと……大体二分の一フェルト、いや五分の三フェルトぐらいじゃないかな?」
フェルトはこの国の長さの単位だ。建国王の身長らしい。
目分量なので、正確にはわからないが、恐らく、一・八か一・七メートルで一フェルトだ。
『計算が面倒くさいのじゃ』
「ほんとにね」
ちなみに重さの単位はロンスで、建国王の体重の百分の一らしい。
一ロンスが大体、七百五十グラムから九百グラムぐらいのようだ。
これも、もった感じで大体このぐらいという数値である。
「どうしても、フェルトとロンスに慣れないんだよなぁ」
『人族社会で暮らせばそのうち慣れるであろ』
そんなことを話しながら、俺とフレキは下水道を進んでいく。
冒険者ギルドから、人神の神殿までは、三、四百メートルしか離れていない。
だが、曲がりくねっているので、しばらく歩く。
「地上の道に沿って作れば良いのに」
『下水道のほうが、道より先にあったのであろ?』
「そうなの?」
『うむ、都市は拡大し、中心も変化するが、下水道はそう簡単には変えられん』
フレキはのんびり俺の後ろを歩きながら教えてくれる。
「中心の変化って、領主の館から人神の神殿にってこと?」
『それも大きい。下水道と地上を比べてみよ』
フレキに言われて考えてみた。
「……もしかして、下水道は領主の館を中心に作られたの?」
『うむ。下水道が作られたときの街の中心は領主の館だったのじゃからな』
ゼベシュの街の中心が動いたことで、メイン通りも動く。
宅地なども変化する。
「とりのこされたのは下水道だけ、か」
『そういうことじゃ。懐かしいのう』
「フレキは昔のゼベシュに来たことあるの?」
『もちろん。あれは五十年前の話じゃ。いや百年前だったか?』
フレキはおじいちゃん狼なので、記憶が曖昧でも仕方のないことだった。
俺はフレキと会話しながら、神器の気配を探る。
まっすぐ進めばいいわけではないので、中々人神の神殿の地下にたどり着くのは難しかった。
――KISYAAAA
「おっと」
歩いていると、突然魔鼠が襲いかかってきたので、手で掴んで地面に落とす。
「鼠じゃなくて魔鼠か」
魔鼠の体長は〇・二メートルほど。
自分よりはるかに大きい俺に向かって襲いかかってくるとは、かなり凶暴な性格のようだ。
『ただの鼠なら、わざわざ冒険者に頼むこともあるまい』
「それもそうかって。フレキ?」
俺が落としたあと、再び俺に襲いかかろうとした魔鼠を、フレキは牙であっさり殺した。
『わしは使徒ではないし、魔狼が魔鼠を殺すのは本能のようなものじゃ』
「そっか、まあそうだよね」
俺は魔鼠の死骸に手を触れる。
「天はいいところだ。死神によろしくな」
奇跡を使わずに、そういうだけで魔鼠の魂は天に還った。
ほとんど本能で生きている魔物なので、未練が残りにくいのだ。
俺が語りかけず、放置したとしても、遅くても数分で天に還ったことだろう。
『折角わしが殺したのじゃ。鞄に入れておけ』
「臭くなりそう」
『大丈夫じゃ。内側には特殊な加工がしてあり、血を洗い流すことができるのじゃ』
「へー、便利だな」
『うむ、先代の使徒さまがおっしゃるには、内張になんとかという魔物の分泌液を塗るとかなんとか……』
「なんとかって何だよ」
『忘れたのじゃ!』
フレキはおじいちゃん狼なので、記憶が曖昧でも仕方のないことだった。
その後、凶暴な魔鼠が五匹ほど襲いかかってきて、フレキに返り討ちにあった。
魔鼠の死骸で鞄が一杯になった頃、やっと人神の神殿の真下あたりに到着した。
人神の神殿の下は、別に広くなっているわけでもなく、なにも変わらなかった。
普通に下水が流れており、その左右には一メートルの歩く場所がある。
神器の鎌がおちているわけでもない。
『なにもないのじゃ』
「だけど、気配はこの辺りからするんだよね」
神器の気配に加えて、不死者の気配も感じる。
同時に人神の神殿の気配も感じる。
「フレキは人神の気配を感じたりする?」
『まったく』
「そうか。気のせいかな?」
『もしフィルが感じるのならば、それは使徒の感覚じゃ。先代さまも他神の神殿に入ったあと、そのようなことを呟いておられた』
「なるほど。この感覚は間違っていない可能性もあるのか」
神域というわけではなく、神気をかすかに感じる程度だ。
ここが神殿の地下にあたる場所なのは間違いないだろう。
「とりあえず、詳しく調べて見よう」
『うむ』
俺は壁と床、天井を調べていく。
「下水の中は……後回しだな」
『それがいいのじゃ。なにせ臭いゆえな』
下水の中を調べなくて良いなら、調べないで済ませたい。
俺もフレキに同感だった。
「うん。それに、どちらかというと、こっちから気配を感じるんだよ」
俺は下水路の壁の向こうから、神器と不死者の気配を感じていた。
『む? そっちか。ではそちらを集中的に調べようではないか』
俺とフレキが真剣に調べはじめて、十分後。
やっと、壁に補修された跡が見つかった。
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