第21話 フレキの心配

 二時間ほど、信者たちと交流した後、俺はお礼をいって冒険者ギルドに戻った。


「人神さまの神殿はどうでしたか?」

 フレキを預けた、従魔預かり担当の女性が、笑顔で尋ねてくれる。


「ああ、とても良かった。おかげでゆっくり礼拝できたよ。ありがとうございます」

「いえいえ、フレキちゃんはとってもいい子でしたよ」


 担当者は大型犬にするかのように、フレキのことをわしわし撫でている。


『…………』


 そして、フレキは不機嫌そうに、むすっと担当者の後ろでお座りしていた。

 いや、ちょっと尻尾が揺れるのを我慢している。

 担当者にわしわし撫でられるのはまんざらでもないらしい。


「それならよかった。……あれ? フレキ、雰囲気が変わった?」

「あ、気付きました? ちょっと臭かったので、洗っておきました」

「おお、確かに、毛艶が良くなって、ふわふわになり、匂いも良くなっている気がする」

『………………』


 フレキが恨めしそうに俺を睨んでいる。

 だが、尻尾の揺れは我慢できていない。少しずつ動き出していた。


「洗っている間、フレキちゃんはとっても大人しかったんですよ。ねー」

『…………』


 従魔預かり担当者に撫でられながら、ちゅっちゅとキスされ、フレキの尻尾がバサバサゆれた。



 俺は従魔預かり担当者にチップを渡し、フレキと一緒に冒険者ギルドを出た。


『ずいぶんと、遅かったではないか』


 フレキは、魔法の起点を俺の耳元にして、ささやいてくる。


「ごめんごめん。でも収穫はあったよ。それにフレキも綺麗になったね」

『わしは元々綺麗なのじゃ』


 その後、冒険者ギルドでおしえてもらった従魔可の宿屋にむかった。

 途中で、フレキ用のご飯を買うのも忘れない。


「俺はもう食べたからな」

『……わしを、放置して……ご飯を……』

「ごめんごめん。情報収集で必要だったんだよ。あとで詳しく話すよ」


 従魔可の宿屋で、先払いの料金を払い、部屋へと入る。

 フレキがご飯を食べ終わるのを待って、俺は語った。


「まず、人神の神殿なんだけど……」

『ふむふむ』


 神器は恐らく地下にあること。不死者の雰囲気を感じたこと。

 神殿の地下には下水道ぐらいしかないこと。

 そして、最後に人神の使徒に出会ったことも語る。


『む? 人神の使徒じゃと?』

「うん、優しそうで綺麗な子だったよ。これもらった」


 俺は人神の聖印をフレキに見せる。


『し、死神さまの使徒ともあろう者が、人神の聖印を首からさげるなど……』


 フレキがショックを受けたように、プルプルする。


「いやいや、聖印といっても、ただのアクセサリーだよ。魔導具でもなければ、神具でもない」


 言ってみれば、ただの金属のかたまりである。

 人の間で、信者同士を見分ける手段でしかない。


 神殿にあった、人神の神像と同じだ。

 神像も神器でも魔導具でもない。ただの石にすぎないのだ。


 ただ、人がイメージしやすくするための物にすぎない。


『そうはいうがな、フィル』

「俺は擬態しないとダメだろう? 死神の使徒だとばれるわけにはいかないし」

『それはそうであるのじゃが……』

「なら、丁度良いでしょう? 俺は人族だし、人神の聖印を首に提げておけば、人神の信者だと思われるだろう」


 人神の信者だと思われておけば、死神の使徒だと疑われることはなかろう。


『そういわれたら、そうかもしれぬが……釈然としないのじゃ』

「まあ、効果はあるんだし、便利だから、いいじゃないか」

『だが……しかしのう……』


 フレキは理屈はわかるが、納得できないといった感じだ。

 これ以上、何か言われないように、俺は話を進める。


「まあ、そういうことで、明日にでも下水道に潜ろうと思う」

『それがいいかもしれぬな、だがどうやってじゃ?』

「冒険者ギルドに下水道掃除の依頼が出ていたからね。それをうければ入れるだろう」


 ちらっと見ただけだが、下水道掃除の依頼はあった。

 対象ランクも低く、五級の俺でも受けられるはずだ。


『なるほどな。それがいいかもしれぬ』


 実際に行ってみれば、下水道に神器があるのかわかるだろう。

 もしかしたらさらに地下にあるかも知れないし、下水道より上、神殿の床下などにあるのかも知れない。

 それも、下水道に潜ればわかるようになる可能性が高い。


「それにしても、不死者の気配があったんだよな。フレキ、昔のゼベシュしっているんだよね?

『うむ。数十年前じゃがな』


 フレキは懐かしそうに言う。


「そのころの墓地は、いま神殿がある場所にあったりした?」

『そんなことは無いとおもうがのう』

「まあ、それも実際に行けばわかるかな」


 そして、俺とフレキは早めに寝ることにした。

 フレキは従魔用の寝床で横になる。


「フレキ。ベッドのほうが寝やすいだろ。ベッド使っていいよ」

『ん。いや、こちらも中々良いものじゃ』

「そうか。無理はしないでね」


 フレキはもうおじいちゃん狼なのだ。

 俺は灯を消して、ベッドに入る。窓から月明かりが入ってくるので暗くはない。


『……フィル、ベッドで寝るのは初めてではないか?』

「実はそうなんだ」

『ベッドはどうだ?』

「うーん、やっぱり、いいね」


 さすがは人が寝るために作られたものである。寝心地が良い。


『それはよかった。……フィルは魔狼の中で育ったゆえな。色々苦労を掛けたのじゃ』

「なにをいってるの。苦労を掛けたのは俺の方だよ。ありがとう」

『ふふ。子が親に苦労を掛けるのは当たり前の話じゃ。感謝する必要は無い』

「それでもありがとう」


 俺が優しい母のことを思い浮かべていると、フレキが言う。


『人族の料理はどうであった? 食べたのであろう』

「美味しかったよ」

『そうか』

「でも、やっぱり、俺は赤苺の方が好きかな」

『……そうか』


 正確には母がくれる赤苺が好きなのだろう。


『……人神の使徒はどうだった? 良い匂いがしたか?』

「どうしたの急に?」


 フレキの問いの意味がわからなかった。


『はじめて人族の、それも若いおなごに触れたのだろう』

「それは、まあそうだけど」

『発情しなかったかや?』

「す、するわけないよ!」

『そうか、ふふ』


 もしかしたら、フレキはからかっているのかもしれない。


『わしは人族社会について色んなことを教えたのじゃ』

「うん。感謝しているよ。役に立っている」

『だが、人族の女子おなごの匂いや柔らかさについて教えてやれなかったのじゃ』

「それは、そうだね」


 人族の女子どころか、人族が居なかったのだから。


『わしは心配じゃ……女慣れしていないフィルが…………』

「フレキ?」

『……………………』


 気になることを言い残して、フレキは寝息を立て始めた。

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