第20話 一般信者との交流
使徒リリィが去った直後、俺は信者たちに囲まれた。
まるで使徒と話した俺にも御利益があると考えていそうな勢いだ。
「君ぃ! 運が良いな!」
「君、ここではみない顔だが……」
「ああ、俺は人神さまの神殿もないほどの片田舎から、出てきたばかりなんだ」
俺がそう答えると、皆がなぜか納得したような顔をする。
「君ぃ! やっぱり途方もなく運が良いな!」
「初めて神殿に来た君だからこそ、目を掛けてくださったのかもしれないなぁ」
「慈悲深いことだ。君、使徒さまに感謝しないとだめだよ」
信者たちはいかに俺が幸運か、そして、人神の使徒が慈悲深いかを俺に教えてくれる。
「あの、使徒さまは、いつもこの町にいるのか?」
俺が尋ねると、信者は首を振る。
「使徒さまは各地の神殿を巡回しておられるという話しだ」
「ここ数か月はゼベシュに逗留していただけているらしいぞ、ありがたい話だ」
「だが、お姿を拝見したのは今日が初めてだよ」
「だから、君は幸運なんだ」
「ちょっと、その聖印、触らせてくれ! お願いだ!」
信者たちの目は俺が首から提げているリリィにもらった聖印に釘付けだ。
「触るだけなら全然構わないよ」
そういうと、信者たちはお礼を言って、そっと手を触れる。
まるで、繊細なガラス細工を触るかのような手つきだ。
「ありがたいありがたい」
信者たちは、順番にそっと撫でては、人神に祈りを捧げた。
まるで、聖印が神器か神像であるかのような扱いである。
もっと長い間触っていたいが待っている人がいるからと、名残惜しそうに次の人に順番を回していく。
「でも、これほど大切な物、俺なんかがもらって良いのかな?」
「使徒さまが授けたのだから、良いに決っている」
「ああ、本音を言えば、私も欲しい。欲しいが使徒さまが君に与えたのだから、君以外に持つ権利はない」
信者の一人がそういうと、他の者もうんうんとうなずいた。
「そういうものか」
「そういうものだ。そもそも、使徒さまは……」
信者たちが使徒リリィのことを教えてくれる。
使徒リリィは先代使徒の養女であり、従者でもあったのだという。
言ってみれば、フレキのようなものだ。
そして、先代が亡くなった十年前に使徒座を継承したらしい。
その時、リリィは五歳だったという。
「俺と同い年か」
「うむ。使徒さまはお若いのに立派なことだ」
使徒座の継承は神の意志による。人間の思惑は関係ない。
恐らく、先代がリリィを養女にし従者にしたのも、人神の神託によるのだろう。
フレキが、夢にたった死神の導きで俺を拾い育てたように。
「五歳から使徒、それも人神さまの使徒の勤めを果たすとは……大変だな」
人神信仰は、この国どころか、人の住む地域における最大の宗教である。
神官も信者も、沢山いるのだ。
その神殿組織は、他の神のものよりも組織化され、儀礼や教義の整備も進んでいる。
神殿組織内部にも、政治的な対立などもあるだろう。
それに加えて、世俗勢力、つまり王侯貴族や豪商などとも、政治的なあれこれがあるに違いない。
その中心にいるのが、人神の使徒リリィだ。
神殿もなく、影響力がほぼ皆無の死神の使徒とは違うのだ。
「君。使徒さまを尊敬する気持ちはわかるが、それはかえって不敬というものだ」
「不敬?」
俺は少し意味がわからなくて聞き返した。
「ああ、使徒さまは我らただの人とは違う。人神さまの代理人。半神。年齢など関係ないのだから」
「我らただの人が、半神たる使徒さまに心配することなど畏れ多いことだろ思うだろう?」
そう言われたら、そうかもしれない。
人は神のことを心配しないものだ。
沢山仕事があって大変そうだなぁ、神のお体は大丈夫だろうか、などと心配している人をみたことない。
それと同じ感覚で、使徒リリィのことを心配するのは不敬だと考えているのだろう。
「なるほど。そういうものか」
俺は母、弟妹たちに、狩りの苦手な子供という扱いをされて心配を掛けてきた。
そのせいか使徒の心配をすることが不敬に当たるという発想がそもそも無かった。
そのとき、神官の一人が「ごほん」と大きく咳払いをした。
「あっ、そろそろ退出しようか」
「そうですな」
人神の神像の前で騒ぎすぎたようだ。
俺が神像の前にきたときは静かだった。恐らく静かに礼拝するのが礼儀なのだろう。
今まで大目に見ていたのは、神官も使徒を初めて見た信者の感動を理解しているからだ。
だからこそ、感動のあまり騒ぐ信者たちをしばらく見守ってくれたのだろう。
俺は信者たちと一緒に退出する。
神殿を出ると、太陽が西の空に沈みかけているところだった。
「幸運な少年、君の名前はなんという?」
「俺か。俺はフィルだ」
「そうか! これから一緒に飯でもどうだ? 使徒さまと出会った感動を語り合おうじゃないか!」
「安心しろ、フィル少年、おごってやるからな!」
「じゃあ、お言葉にあまえちゃおうかな」
「それがいい! それがいい!」
そうして、俺は十人ほどの信者と一緒に、人神の神殿の近くにある飯屋に向かった。
人族の街に来るのは初めてだ。もちろん人族の料理を食べるのも初めてである。
席に着くなり、信者の一人が料理を頼んでくれた。
すると、すぐにパンと焼いた肉、それにふかした芋にバターを載せた物が運ばれてくる。
「うまそうだ」
「だろう? 遠慮せずにどんどん食べるんだぞ」
「この芋は、この辺りの特産品、ゼベシュ芋だぞ」
「おお、うまい。香辛料が旨い。バターも旨い」
俺はいつも肉を焼いて食べていた。
たまに山菜や、母のくれる赤苺や冬苺も食べたが、基本は肉だ。
香辛料やバターなどと言うものは、フレキの森にはなかったのだ。
人族の料理という物は、やはり美味しかった。
ご飯を食べながら、信者たちはビールも飲む。
俺は酒ではなく、お茶を飲んだ。判断力を鈍らせないためだ。
酒を飲みながら、信者たちは楽しく会話をする。
その内容はいかに使徒さまが優しくて美しくて、立派かというものだ。
その話しが一段落ついたとき、俺は尋ねる。
「ところで、神像の前にいたときに、地下から変な音が聞こえた気がしたんだけど」
「変な音って?」
実際は音はしていない。死神の神器の気配がしただけである。
人神の神気で、わかりにくかったが、不死者の気配まで感じたのだ。
音がしたと言えば、地下に何があるか、信者たちが知っていれば教えてくれると思ったのだ。
俺は人神の神殿の地下には墓地があるのではないかと予想していた。
「わかんないけど。なにかカサカサみたいな」
不死者の気配など言えば怪しまれる。
俺が死神の使徒であることは、隠さねばならないことなのだ。
「ふーん、下水道のネズミじゃないのか?」
「神殿の下には下水道があるのか? 墓地とかじゃなくて?」
「墓地はないよ。墓地なら、街の北の端だよ」
「神殿の地下には下水道しかないんじゃないか?」
神殿地下には下水道しかないということならば、下水道に不死者が沸いていると考えた方が良い。
そして、その下水道に死神の神器がある可能性も高い。
「それにしてもネズミの足音を聞き分けるとは、フィル少年は耳が良いんだなぁ」
「田舎では狩人をしていたからね」
「へー、すごいもんだなぁ」
そういうと、信者たちはなにも疑問に思わなかったようだった。
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