第14話 巣立ち

 母の葬儀が終わった日の夜。

 俺と弟妹たちは、昔のように固まって眠った。


 そして、俺は夢を見た。

 母が俺をかばって死ぬ夢だ。

 俺は懸命に母を救おうとお腹の傷を押さえるのだが、血が止まらない。

 そして、母は優しい笑顔で死んでいった。

 魔狼に笑顔などないのだが、夢の中では笑っていたと思う。


 俺が目を覚ましたとき、俺の頬は濡れていた。泣いていたようだ。

 まだ真夜中で、弟妹たちは寝息を立てていた。

 小さかったころ、大きな母が俺たちを囲うように眠ってくれていたことを思い出す。

 いまはもう、弟妹たちは母と同じくらい体が大きくなっている。

 こうしてみると、みな母にそっくりだ。


 そのとき妹が悲しそうな寝言を鳴いた。

 そんな妹をぎゅっと抱きしめる。妹は母にそっくりの匂いで、その毛は母よりも柔らかかった。

 抱きしめていると、妹は安らかに寝息を立て始める。


 安心して、巣の中を見回すとフレキと弟妹たちの父がいなかった。

 そして巣の外には魔狼たちの気配があった。

 巣の外に出て見ると、フレキと十頭ほどの魔狼がいた。弟妹たちの父もいる。


『む? フィル、起こしたか?』

「いや、そうじゃないけど」

『少し待つのじゃ』


 その後、フレキと魔狼たちは何やら魔狼の言葉で会話をする。

 集まっていた魔狼はフレキの森をいくつかに分けた縄張りの長たちだ。

 みな大きく立派な魔狼だが、フレキが最も大きく、弟妹たちの父がその次に大きかった。


 しばらく眺めていると、会議が終わったらしく、魔狼たちが帰って行く。

 そして、弟妹たちの父は俺の顔を舐めて、巣の中に入っていった。


「フレキ。何を話していたの?」

『そなたの巣立ちに同行し、わしも森を出るからな、後事を託していたのじゃ』

「でも、あんなことがあったばかりだし。あいつらも……」


 弟妹たちが落ち着くまで、巣立ちは延期した方が良い。


 そう思ったのだが、フレキは何でも無いことのように言う。

『親は子より先に死ぬ。それが自然というものじゃ。だからそなたの弟妹は大丈夫じゃ』

 ならば一人娘を失ったフレキは大丈夫なのだろうか。


 心配になって、フレキを見ると、

『育てなければならぬ者がいれば、親は大丈夫じゃ』

 そういって、俺を見た。


『わしに残された時間は少ない。それまでにフィル、そなたにわしの知る全てを教えなければならぬ』

「フレキはまだまだ元気じゃないか」

『元気そうに見えても、年寄りはすぐに死ぬものじゃ』

「そんなことは……」

『本当じゃ。フィルに教え残したことがあれば、天に還れぬ。それにそなたの母にも頼まれたゆえな』

 死ぬ前に母とフレキは魔狼の言葉で何か話していた。


「母さんはなんて?」

『フィルを頼むと。あの娘は、そなたの弟妹たちのことよりも、そなたが心配らしい』

「そっか」


 弟妹たちには、魔狼社会に精通した立派な父がいる。

 だが、弟妹たちの父は人族社会のことや使徒のことは何もしらない。

 だから、フレキに俺のことを頼んだのだろう。


『うむ。そなたを育てずに天に還ろうものなら、娘に怒られてしまうであろ』


 その後、俺とフレキは話し合い、巣立ちは、明後日に決った。

 そして、俺とフレキ、弟妹たちと弟妹たちの父は、巣の中で固まって眠ったのだった。



 次の日、俺はフレキと一緒に身支度を調える。

 フレキは先代の死神の使徒の衣服を持っていたので、その中から見繕った。


「フレキ、武器はないの?」

『ナイフならあるじゃろ、そう、その奥じゃ』

「これか」

 切れ味が良さそうなナイフだが、刃渡り〇・一メートルほどだ。


「色々と便利そうだけど、こんなに短いと戦闘には向かないんじゃない?」

『先代の使徒さまは神具でもある大きな武器を使っておられたが……』

「それいいね、どこにあるの?」

『行方不明じゃ。だが神具じゃからな。いつかフィルの元に戻るであろう。きっと近づけばなんとなくわかるに違いないのじゃ』

「そんなもんかね」


 明日巣立ちするときに着る服や装備の準備を終えると、俺は弟妹たちと遊んだ。

 弟妹たちも俺が明日巣立つと知っているからか、名残を惜しむように、長い時間遊んだ。


 その夜は、小さい頃そうしていたように弟妹たちと抱き合って眠った。

 違うのは、体が大きくなったことと、母がいないことだけだ。




 次の日の朝。

 日の出とともに起きると、皆で狩りをして、鹿をとらえて皆で分けて食べた。

 そして、先代使徒の着ていた服と靴を身につけ、ナイフを腰に差す。

 先代使徒が使っていたという、鞄を背負い準備は終わる。


「くぅーん」

 弟妹たちが寂しそうに鳴いて、俺の顔を舐め、俺に体を押しつける。


「みんな元気でな。またいつか、戻ってくるから」


 俺は弟妹たちのことを順番に抱きしめて撫でた。

 フレキも弟妹たちに狼の言葉で何か言っていた。


「……がう」

 そのとき、弟妹たちの父が戻ってくる。

 その口には、大きな赤苺を口に咥えていた。

 それを、俺に渡してくる。


「がう」

 どうやら、弟妹たちの父は赤苺を採ってきてくれたらしい。

 母がしていたことを代わりにやってくれようとしているのだろう。


「ありがとう、うれしいよ」


 お礼を言って受け取り、よく見るとそれは偽赤苺だった。

 偽赤苺は、赤苺にそっくりで毒も無い。だが、酸味が強すぎて甘みがなく美味しくないのだ。

 弟妹たちの父は、赤苺など採ってきたことがないので、間違えたのだろう。

 俺は弟妹たちの父を抱きしめて、偽赤苺を口に入れる。


「うん。美味しいよ」

 強烈な酸味が口に広がった。涙が出たのは酸味のせいではないと思う。


「弟妹たちをお願いね」

「がう」

 そして、俺とフレキは歩き出す。


『フィル。墓に挨拶しなくて良いのか?』


 ちらりと、俺は母の墓に目をやった。

 人族として、母の息子として、挨拶したいという気持ちはある。


「…………母さんは、天にいる」

 墓にはなにもない。

 それが死神の使徒である俺が知る事実なのだ。


『……そうじゃな』


 俺は死神の使徒として巣を出るのだ。

 ならば、墓には挨拶しないほうがいい。


 俺はフレキと一緒に、振り返らずに、歩いて行った。

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