第13話 母 その2

 俺が泣き止むまで、弟妹たちの父は側に座っていてくれた。

「ごめん。心配させた」

 泣いている俺を黙って見守っていてくれたのだ。


「がう」

 気にするなというかのように、弟妹たちの父は俺の顔を舐める。

 俺は弟妹たちの父の大きな首に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。


「みんなは?」

「がう」


 弟妹たちの父が目を向けた方向に、フレキと弟妹たちがいた。

 泣いていたフレキも俺よりも早く立ち直ったらしい。


「がう」

「がぁぅ」

 フレキと弟妹たちが、一心不乱に大きな穴を掘っていた。


 俺はそんなフレキの元に歩いて行く。

「フレキ。その穴は?」

『……もういいのか?』

「ああ、心配をかけた。ごめん」

『ん、気にしなくてよい……』

「この穴は?」

『不死者たちの亡骸を埋める穴じゃ』


 腐臭を漂わせていた不死者たちの魂は、死神の奇跡によって天に還った。

 だが、不死者たちの亡骸はそのままになっている。


「俺も手伝うよ」

『いや、フィルには他にやって欲しいことがある』

 そういって、フレキは周囲に転がる骸骨に目をやる。


「そうだね。フレキたちが倒した骸骨の魂を天に還さなきゃだな」


 フレキたちは動けなくしただけだ。

 まだ魂は骨に残っており、カタカタ鳴らしている奴もいる。

 本当は、真っ先に天に還さなければならなかった。

 それが使徒の役目だろう。


『天に還した後、埋める前に亡骸を燃やしてやりたい』

「……わかった」


 魂のない亡骸に天に還れなかった魂が取り憑くことがある。

 それを防ぐ為には亡骸は燃やすのがよい。


『使徒の扱う炎で燃やしたならば、取り憑かれることがなくなるゆえな』


 それもまた、死神の使徒の奇跡の一つだ。

 普通の炎で燃やしても、骨は脆くなり、取り憑かれることはほぼ無くなる。

 だが、使徒の炎のほうが確実だ。


「うん。わかってる」


 俺はまだ魂の残っている亡骸に、順番に奇跡を行使していく。

 黙々と死者の魂を天に還すことだけを考える。

 ただ無心で死神に祈りながら、奇跡を行使した。


 魂を全て天に還した後、弟妹たちの父と手分けして、亡骸を集めていく

 腐肉の付いた不死者は、弟妹たちの父が口で咥えることができないので俺が運ぶ。

 なにも考えず、無心で黙々と弟妹たちの掘った穴の横へと運ぶ。


 穴を掘っていたフレキが不死者を運んでいる俺たちに気付く。


『そちらを手伝おう』

「ありがとう、骸骨を頼むよ」

『わかっておる』


 弟妹たちはまだ黙々と穴を掘っていた。

 もう不死者の亡骸を全ていれるのに充分なほど穴を掘っているが、まだ止める様子がない。


 フレキと弟妹たちが黙々と穴を掘っていたのは悲しいからだ。

 何かしていないと悲しすぎるから、黙々と穴を掘っているのだ。


 俺が黙々と無心で奇跡を行使していたのと同じ。

 集中している間は悲しさを少しだけ忘れることができた。


 俺とフレキと弟妹たちの父で亡骸を運び終えると、

「がう」

 フレキが指示して、弟妹たちを穴から出す。


『フィル。頼むのじゃ』

「うん、任せてくれ」


 俺はみなが見つめる中、不死者の亡骸に向けて右の手のひらを向ける。

 そして、なるべく高い温度の炎を出す。

 しばらく炎を出し続け、燃やした後、残った亡骸を弟妹たちの掘った穴へと入れた。


「フレキ」


 俺は母の亡骸をどうするのか、目で尋ねた。

 母の亡骸は、少し離れたところで横たわったままだ。


『……我が巣の近くに……娘はあの辺りが好きだったゆえな』

「わかった」


 不死者の亡骸とまとめて埋葬することに抵抗があるのだろう。

 母の魂は天に還った。だから亡骸には既に魂はなく、ただ肉体があるだけだ。


 好きな場所に埋めるなど、生きている者の自己満足でしかない。


 そう頭ではわかっていても、

「俺もそうしてやりたい。使徒として、変かな?」

『使徒の前に、お前はあの娘の子供じゃ』

「……そうだね」


 不死者の亡骸を埋めると、みなで死神に祈りを捧げた。



 その後、俺は母の傷口を、毛を結ぶことによって無理矢理塞いだ。

 そうしてから、母の亡骸を背中に背負って、ゆっくりと運んでいく。


 母はフレキほどではないが、立派な魔狼である。その体は俺よりも大きい。

 母の亡骸を背負っていると、小さい頃、良くこうやって包まれるようにして寝たことを思い出す。

 いつもの母の匂いに混じって、血の臭いがする。

 柔らかい毛のいつもと同じ肌触りが、かえって、いつもより体温が低いことを実感させられた。


「……うぅ」


 涙がこぼれてきたが、俺は黙って歩く。

 そんな俺を心配するかのように、フレキと弟妹たちが寄り添うようにそばを歩いてくれていた。


 一時間かけて、フレキの巣にゆっくりと歩いて戻る。

 フレキが巣の近くの日の当たる場所を選び、俺とフレキと弟妹たちとその父で穴を掘った。

 時間を稼ぐようにゆっくりと穴を掘り、掘り終えた穴の底に母を横たえる。


『フィル、頼む』

「うん、任せて」


 俺は母に向けて右の手のひらを向ける。

 先ほど、不死者の亡骸にやったのと同じ。使徒の炎で肉体を燃やすためだ。


「…………」


 そのとき、弟妹たちが俺と母の間に悲しい顔をして黙って立った。

 弟妹たちは母を燃やさないでくれと目で訴えているのだ。

 これでは炎を放てない。


「うん。わかるよ。でも、大切なことだから」


 そう説得するようなことを言いながら、俺は燃やすまでの猶予ができたことにほっとしていた。


「万が一。母さんの体に、天に還れなかった魂が取り憑いたら困るだろう?」


 天に還れなかった魂が他者の体に取り憑いて生じた不死者には知性が無い。

 ただ、近くにいる生者に無差別に襲いかかるのだ。

 まるで生者を食らえば、自分も生者になれるかと思っているかのようにである。


「きゅーん」


 弟妹たちは悲しそうに鳴く。


 そんなことになったら、弟妹たちもその父も、まともに戦えないかも知れない。

 母もそんなことは望まないはずだ。

 だから、絶対に燃やさなければならない。


「くーん」


 弟妹たちは穴の中に入り、母の死を確かめるかのように匂いを嗅ぎ、毛皮を舐める


『少し待ってやってくれぬか?』

「うん。少し待つよ」


 俺がそういうと、弟妹たちの父まで穴の中に入り、母の匂いを嗅ぐ。


「フレキ」

『どうしたのじゃ?』

「俺は死神の使徒だ。だから母さんの魂が行った場所も知っているし、そこが良い場所だとも知っている」

『そうであろうな』

「それに、魂の離れた母さんの体をそのままにするわけにはいかないこともわかっている」

『うむ』

「でも、本当は燃やしたくないんだよ」

『……うむ』

「…………使徒失格かな?」

『……わしも、わかっているが、心の底から受け入れられたわけではないのじゃ。そう簡単に受け入れられるわけがない』

「うん」

『そなたは、別れを告げなくてよいのか?』


 フレキは別れを惜しむ弟妹たちを見る。


「いま母さんに触れたら、燃やせなくなる」

『そうか』


 フレキは母の元に歩いて行く。


『助けてくれた礼は言わぬぞ。子は親をかばうべきではない。だが……わしの娘として生まれてきてくれてありがとう』

 フレキは母のお腹の傷に鼻をつける。


『……痛かったであろうな。すまぬ。……すまぬ』

 泣きそうな声で謝っていた。


 フレキと弟妹たち、その父が別れを済ませてから、俺は母の亡骸を炎で燃やした。

 その後、土をかぶせ、墓標となる丸い石を置き、葬儀は終わった。

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