10  鍵



「鍵を探してください。」


うっすらと微笑みを浮かべた紳士が言った。


仕事の依頼があり出かけた先は恐ろしく大きな屋敷だった。

門から車で入って屋敷の入り口まで数分かかるほどだ。


「鍵ですか?」

「鍵です。」


屋敷の中も相当広かった。

だが依頼して来た紳士も相当大きい。

身長が十メートルほどあるだろうか。

私には長いテーブルの向こうにいるように見えるが、

彼らにとっては適正な大きさなのかもしれない。


「ただ鍵と言われましても姿形などお聞きしないと。」


当たり前の話だ。

のっけに鍵と言われても私も困る。


「鍵は多分この家のどこかにあるのです。

開けたいものはこれです。」


と言うと彼は指先に小さな箱を乗せて私に見せた。

五センチ四方の立方体だ。

私が見ても小さめだが、

彼らにとっては極めて小さなものだろう。


その箱の上には針穴の様な小さな穴が開いていた。


「この箱は亡くなった母の物です。大事にしていました。

探しているのはそこに差し込む鍵です。

母が開けていたのを見た事があるのですが、

細い糸のようなものでした。」

「糸ですか。」


糸のような鍵とは私にもどのようなものか見当がつかなかった。


「あなたは名うての探し屋ではありませんか。

有名ですよ。」


彼は微笑みを浮かべたまま言った。

そのはりついたような笑いは少しばかり気味が悪い。


「有名、ですか……。」


そう言われると悪い気はしないが、

さすがに探せるものと探せないものがある。

そして大体お金持ちに限って探すのが難しいものが多い。

今回もそうだ。


「私でも出来る事と出来ない事がありますから……。」

「まあそうでしょうが、私が知り合いから聞いた限りは

立派な結果を残されています。」


彼は一息つく。


「そして商売に関しては正直が一番だと。

素晴らしい信条だと思います。」


金持ちはおだてるのも上手い。


「探せるかどうか分かりませんよ。

分かりました。やってみましょう。」


私は箱を手に取り匂いを嗅いだ。


「甘い香りがしますね、香水かな、あまり新しい香りではない。」

「母の香水でしょうか。

これは母の部屋にずっと置いてありました。」


私は彼の母親の部屋に移動した。

そこも全て大きかった。


「その鏡台の引き出しにありました。」


彼が鏡台の引き出しを開き、私をそこに乗せた。


様々な化粧道具がある。

全て香りは良いが古い匂いがした。

一体何年そのままなのだろうか。


亡くなってしまった人の遺物は処分しにくい。

思い出があればなおさらだ。


私は彼に手伝ってもらいながら引き出しから物を出した。

丸太ぐらいありそうな化粧道具はさすがに持てなかった。

しばらくして全てのものを出したが何もない。


「ここには無いかなあ。」


私は呟いた。


「ともかく細いものでした。

光の筋みたいに光っていましたが。」


彼が言った。

だがその言葉で私は少しひらめいた。


「引き出しをしまっていただけますか?」

「えっ。」

「私を入れたまま引き出しをしまってください。」 

「それは良いですが、大丈夫ですか?」

「私が合図した時にちゃんと開けてくれれば、です。」


開けてくれない事は無いと思うが少々怖かった。


閉められた引き出しの中は真っ暗だった。

私は膝を突いて這う姿勢でしばらく目を閉じ眼を慣らした。


そして開く。


回りを見渡すと引き出しの底と横壁の間からうっすらと光が漏れていた。

私はそこに寄った。

それは外からの光が入っているのではない様だった。

もしかするとこれかも知れない。


私はナイフを取り出すとそこにそっと差し込み探った。


「ありましたよ。」


私の声で彼が引き出しを開けた。


「これですよね。」


私は手のひらに乗せた細く光る三センチほどの棒を見せた。


「ああ、そうです!こんなにあっさり見つかるなんて。」

「私もびっくりですよ。

でも無理もない。細い隙間に入り込んでいましたから。

体が大きなあなたでは難しかったでしょう。」


引き出しの底板と横板の間に永年劣化のせいか隙間が出来ていたのだ。

彼らにとっては鍵も隙間も小さすぎる。


私と彼は元の部屋に戻った。


彼は私をテーブルの上におろした。

そして箱の鍵穴に私が光る鍵を入れた。

鍵は柔らかくまるで糸の様だった。

それを穴に垂らすように入れる。


だが箱は開かない。


その代り私のすぐ前に映像が浮き上がった。

立体ホログラムだ。

それは私と同じぐらいの大きさの女性の映像だった。


「……お母さん。」


彼が呟いた。


クライアントの母親らしい。

映像は小さいが実際は大きな人だっただろう。


私は彼を見た。

お亡くなりになった母親の姿だ。

どんな表情なのか私は伺った。


だが、彼の目はぎらぎらと光って母親を見ている。

彼の様子が急に変わったので私の背筋に冷たいものが走った。


今までの微笑の欠片もない。

危険な気配だ。


彼の目は懐かしい人を見るものではなかった。


私は慌ててそこから少し距離を取った。

いざとなったら逃げなくてはいけない。


『私が亡くなった後の遺産相続について記す。』


映像の彼女が話し出した。

クライアントが強くテーブルの縁を掴むと私に振動が伝わって来た。


私は目線で周りを伺い逃げ道を探した。

椅子の座面に飛び降りて下まで降りるか……。

一応レーザーガンは持っているが、

彼に対しては急所に当たらない限りは虫に喰われたぐらいだろう。


『全ては寄付をする。

金銭その他は何も残さない。

ただ建物だけは残すこととする。』


その瞬間巨人はこぶしを振り上げテーブルに叩きつけた。


私は走り出しテーブルから飛び降りた。

へたりかけた椅子の座面はそれほどの反動は無かったが、

足が取られて体が傾く。


一瞬クライアントを見るとこちらに手を伸ばしていた。


「今お前が見たものは忘れろ。」


まるで鬼のように怒りで顔が歪んでいる。

捕まるかもしれないと思った時だ。


「待ちなさい、全部録画されている。

諦めた方が良い。」


扉が開き、何人もの巨人が入って来た。


「大丈夫ですか、お怪我はありませんか。」


入って来た中の一人の女性が私を覗き込んだ。

クライアントは暴れているが男達に囲まれてもがいている。


「死ぬかと思いましたよ。」

「すみません、でも遺言の証拠が取れたので成果がありました。

ありがとうございます。」


私は立ち上がろうとしたが足首に激痛が走った。


「どうも足を痛めたみたいです。歩けません。」

「まあ、それはいけない。」


彼女は私を赤ん坊の様に抱き上げた。


「すぐに病院に行きましょう。

ご協力いただいたのにお怪我をさせてしまって申し訳ないです。」


彼女が心配顔で私を見た。

かなり恥ずかしい体勢だが、なぜか少しばかりうれしい気もする。

母に抱かれているような気分だった。


私はそのまま病院に連れていかれて治療を受けた。

ただの捻挫らしい。


しばらくすると先程の女性が病室に現れた。


「ポチさん、本当にご協力ありがとうございました。」


病院にはさまざまな人種用のベッドがあり、

私は自分の体に合ったものに寝ていた。

彼女からすれば人形サイズかも知れない。


「大奥様から正式な遺言があると言われていましたが

全然見つからなかったのです。

まさか息子さんが持っていたとは。」

「あの小さい箱ですよね。」

「そうです。

息子さんが探し屋さんに仕事を頼んだと聞いて、

あの箱を探してもらうのかと思ったのですが、

鍵を探したのですね。」


微笑みの紳士から依頼を受けた後、すぐに連絡があった。


『わたくしは遺産相続専門の弁護士ですが……。』


要するに富豪の女性が亡くなりその遺産相続で、

その子どもである微笑みの紳士と揉めていたのだ。


「いわゆる放蕩息子です。

破産寸前で金の無心も数えきれないくらいされていたようです。」

「本来なら息子さんには相続を受ける権利はありますよね。」

「はい、でもクライアントの奥様はそれを望んでいませんでした。

でも家だけは残すと。

それだけでも結構な遺産なのですが息子さんからは全部寄越せと言われて。

奥様からは立体ホログラムに正式な遺言を残してあると言われていたのですが、

それが見つからなくて困っていました。」

「だから私に映像の録画と盗聴器とつけて欲しいとなったのですね。」

「そうです。」


私は襟元の機械を見せた。


私にとってはごく普通の大きさだが、彼らにとっては小さすぎるものだ。

だから調べられもしなかった。


「箱はつぶれてしまったのですか?」


私は聞いた。

証拠はとったが元があるに越した事は無い。


「大丈夫でした。

拳で叩きつけられましたが手の肉にめり込んでいて無事でした。」


彼女はにっこりと笑った。

これで彼女の仕事も無事終わるのだろう。


「ポチさん、お支払いをします。鍵を探したお代も含めてです。」

「ありがとうございます。助かります。」


私は金額を提示した。


「お題目通り、正直なお値段ですね、

私は正直な人は大好きです。」


少しばかりどぎまぎする。

私は身長差は気にはしないが、さすがに彼女とはかなり違い過ぎる。

そうでなければ食事にでも誘っただろう。


「おや、少し多いですね。」

「お怪我をさせてしまったお詫びと

弊社の局長からのお礼も含めています。お受け取り下さい。

それと、領収書をいただけますか。」


彼女はとてもきっちりとした方だ。




結局一晩病院に泊り、

翌日彼女の運転で宇宙港まで送ってもらう事となった。


「私のクライアントはどうなりましたか?」


私は彼女に聞いた。


「遺言が見つかったので観念されました。

でも家だけでも売れば相当なものですから、

今の借金を払ってもかなり残ります。

でも……。」

「でも?」

「一年もしないうちに使い切るでしょうね。」


彼にとって金は救いの神の顔をした悪魔なのだろう。


「その時はあなたに助けてくれと来るでしょうか。」

伝手つてで来るかもしれませんね、

でもお金がない人は相手にしません。」


やはりしっかりした人だ。


彼女に別れを告げて列車へと向かう。                                                                                                                                                                                                               

足の痛みはほとんどなかった。

少しばかり足を引きながら席に座ると列車が静かに動き出した。


すぐに大気の色が変わり宇宙の静かな闇が来る。


あの紳士の微笑顔がちらちらと浮かぶ。

張り付いたような笑顔は私に隠し事をしていたからだろう。


でも私も隠し事をしていた。


どちらが良いか悪いかは分からない。

だがそれが世の中なのかもしれない。






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