9  くまちゃん









「だめだよ、これは売れない。」


万年青おもとがそれを見てすぐに言った。


「あんたさ、これをどこから持って来たのさ。

かなりヤバいブツだよ、オーパーツ物だ。」


万年青は私がオーナーの骨董店を仕切っている若い女性だ。

口が悪く態度も横柄だ。

だが、物を見てそれがどのようなものかを知る能力がある。

いわゆる直感だ。

盗品なら百発百中分かる。


「博物館とかに置いてないとヤバいよ。

それに覗き方によっては消えるかも、って

もし売れたとしてもその家で誰かが悪戯して消えたら

あんた責任が取れるのか?」

「いやー、それはちょっとな。」

「だろ?

それに金を出して買ったんじゃなくて持ってけって言われたんだろ?

そしたらあちらは貸し出しただけのつもりじゃないのか?」


私は岩山の博物館を思い出した。

幻のような管理人は扉を閉めろと言っただけだった。


「何も言われなかったけどなあ。」

「あんた、タダより高いものはないって知ってるか?」

「うー、それはまあ、ねぇ。」

「多分さ、」


万年青はしたり顔をして言う。


「あんた、その管理人に上手に使われたんだよ。

多分それを使いたい人に用があったんだ。

案外と管理人が入れ替わっていたりしてな。」


私はぞっとした。

あの貴婦人は消えたのではなくあの博物館にいるのだろうか。


「次の人が決まらないと辞められないものがあるじゃん。

あれだよ、あれ。

今頃博物館であんたの事を怨んでいたりしてな。」


万年青がにやにやしながら私を見た。

実に嫌な事を言う。

私は露骨に不機嫌な顔をしてやった。


「じゃあどうしたらいいんだよ。」

「返すしかないんじゃないの?

縁があればまた行けるだろう。」


ある意味私はあの管理人の探し物を見つけたのかもしれない。

ならば料金を払ってもらわないといけないが、

あのもやもやとした管理人と話が通じるとは思えない。


「あーそうだ、今月の支払い振り込んでおいたからね。」


万年青が言う。


彼女はこの借金だらけの骨董店の持ち主だ。


親から継いだものらしいが親が道楽者で、

散々好き勝手した末に莫大な借金を負って死んでしまった。


彼女はそこを継いだのは良いが、

借金が返せず破産寸前の時に私と出会ったのだ。


私はキャッシュポケットを確認する。


「おいおい、約束の半分もないじゃないか。」

「仕方ないだろ、売り上げが売り上げなんだから。

返すだけ良心的だと思ってよ。」


こんな性格の万年青だ。

客をえり好みする。

金持ちに大金を積まれても嫌なら売らず、

必要な人にはただで近い値段で売ってしまう。


「お前なあ、借金をした奴が俺じゃなければ、

今頃どこかに浮いているかもしれんぞ。」

「あんたはそんな事しないもんな、

あーあーありがとありがと、感謝一杯だよ。」


全く、と言う気もするが彼女には裏が無い。

正直者だ。

やれやれと私は肩をすくめた。


「ところでさ、あんたに依頼があるんだよ。」

「え、仕事か?」

「うん、子どもの依頼だけどね。」


私は嫌な予感がした。


「金にならないんだろう。」

「あったりぃ!」


私は座って顔を覆った。


「嫌だよ、金にならないなんて。

それに俺は子どもは苦手だ。」

「まあまあ、そんな事言わずに。

ボランティアだと思って。

それにすぐに済むからこれに着替えてよ。」


万年青はいつの間にか派手な服を出して来た。


「ピエロの服か?なんだよ、誕生会に行くのか?

嫌だよ、子ども相手に風船を渡したりするなんて。」

「違うよ、会ってくれればいいんだよ。

あんたが帰ったら連絡すると言ってあるからすぐ来るよ。

ほら早く!」


恐ろしい女だ。

この私にピエロの服を着せようと言うのだ。

逃げようとしたが万年青は般若のような顔で見ている。


私は仕方なくピエロの服を着た。

帽子も含めて2メートルを優に超える。

こんなピエロを子どもが見たら泣くだろう。


「よし、この椅子に座って、ぬいぐるみみたいにじっとしているんだよ。

動くんじゃないよ。」


訳も分からず、私は椅子に座った。

恥ずかしくて仕方ない。


その時だ、店のドアが勢いよく開いた。


「くまちゃん!!!!」


子どもの叫び声だ。


私はそちらを見た。

小さな女の子だ。

そして私と目が合うと一瞬動きが止まり、



激しく泣き出した。



「悪かったよ、似てると思ったんだけど。」

「確かに似てますが、大きさが……。」


女の子は母親に抱かれてこちらを見ずにしゃくりあげている。


「この写真なんだけど、この子が旅先で失くしたらしくて。」


万年青が写真を見せる。

痩せた熊がピエロの服を着たぬいぐるみだ。


「似てると言えば似てるが、この子が持つぬいぐるみなら

結構小さいものだとは思わなかったのか?」


私は万年青に聞いた。


「そうなんだけどさあ、なんかその、この子が可哀想で。」


万年青が俯いて小さな声で言った。


「いえ、良いんです、万年青さんもこの子の事を考えて下さったことですから。

ありがとうございます。」


母親は頭を下げた。


「どこで失くされたのですか。」


私は聞いた。


「先月主人の出張先に出かけた時です。

主人の元に置いて来たのかと思ったのですが、どこにもなくて。

宙港にも問い合わせたのですが見つかりませんでした。」


女の子が肩越しにちらりと私を見た。

私はぎこちなく少し笑う。

だが、彼女はすぐに顔を隠してしまった。

何となく胸が痛い。


母親の向こうにいる万年青がちらちらとこちらを見る。

彼女の魂胆は分かっている。

私は覚悟を決めて大きく息を吸い込んだ。


「分かりました。探してみましょう。

失くしただろう日の詳しい状況を教えてください。」


万年青が私にピースをする。

本当にこの女には逆らえない。


母親から詳しい話を聞くうちに少し慣れて来たのか、

女の子がこちらを伺うように近寄って来た。

母親が言った。


「このおじさんが、クマちゃんを探してくれるって。」

「ほんと?」


女の子が先程とは違う輝く目で私を見た。


「おじさん、ありがとう!」


おじさん、である。


しかし、小さな子は可愛らしい。


「見つかるかどうかは分かりませんよ。

でも頑張って探してみます。」


背をかがめて彼女のそばに顔を寄せると

小さな腕が私の首筋を抱きしめた。

悪い気はしない。


私は親子が帰った後、万年青と話し合った。


「スタンダードなやり方だがネットにぬいぐるみの写真を上げよう。

そして失くした場所と時間もだ。受け付けはお前な。」

「ああ分かったよ。任せといて。何かあったら連絡するよ。」

「俺はとりあえず失くしただろう空港や辺りの警察署を回ろう。

頼むぞ。」


と、私は早速万年青の店を離れた。

連絡は取るがしばらくは帰らないつもりだ。


それには理由があるが今は伏せておこう。




三週間程他の仕事を進めつつ、私はぬいぐるみを探した。

だがあの子の大切なものは見つからなかった。


万年青の元に送られたメールは相当な数で、

その中の情報でぬいぐるみはマイナーな手芸作家のものであるのが分かった。

メールには似たようなものを譲る話や

いきなり連絡もなく物を送り付ける人もいた。


そして少しばかり話題になり、

その手芸作家からの連絡で

一点ものなので同じものは無いが、

よく似たものをお譲りしますとの話が来た。


「ありがとう、お姉さん。」


女の子がテレビ電話で手芸作家の人と話をしている。


『その子はくまちゃんの妹なのよ。

くまちゃんは今はぬいぐるみ工場で働いています。

私は元気と伝えてねと言われたわ。』


上手に話すものだなと感心した。


「やっぱり見つからなかったのかよ。」


万年青がボソッと言った。


「うむ、空港も警察でもダメだった。

念の為にお父さんにも聞いたがなかったよ。どこかで廃棄されたかもな。」

「あの子に言うなよ、ぬいぐるみ工場だ。」

「分かってるよ。」


そして万年青が腕組みをしてぎろりと私を見た。


「なあ、ポチ、今回あんたは仕事はしたがあたしもしたよな。

結構、

がっつりと、

仕事。」


私はうっすらと笑った。


「メールとか凄かったのか。」

「ああ、対応したのは全部あたしだ。

訳の分からんぬいぐるみも沢山送られて来た。」

「売ればいいだろう。」

「そうじゃなくて!」


少しばかり声を荒げた万年青を電話が終わった親子が驚いてこちらを見た。


「いえいえ、なんでもありませんよ。

ところで私が探せなくてすみませんでした。

くまちゃんが工場で働いているとは知らなったので。」

「ううん、いいの、ありがとうおじさん。」


おじさんである。


「寂しいけどこの子とお話するの、くまちゃんのこと。」


いずれいつかはこの子も真実を知るだろう。


だが、それまでは優しい嘘を信じていて欲しい。

思いやりの嘘を。


そして親子が帰った後、万年青は私を見た。


「今回あたしの方が働いたんだ、金寄越せ!」


彼女が私の前に手を出す。


「いやいやいや、まず仕事を持って来たのは万年青だろう、

俺はお前から依頼されただけだからこちらが請求したい。」

「おい、話が全然見えない。

来たメールに全部返信してお前に連絡して、変なものも届いて、

作家の人にも連絡して、それは全部あたしがやった。」


私は大きく息を吸った。


「お前、前に言っただろう、

タダより高いものは無い、って。」


万年青は何かを飲み込んだような顔をして黙ってしまった。


「あの子を見て同情した気持ちは分からんでもないが、

タダで受けたからお前の仕事だよ。」

「あんたぬいぐるみの話がまとまるまで全然帰ってこなかったけど、

それって……。」

「万年青さん!誠にお疲れ様です!

わたくしそろそろ用事があるので失礼いたします!」


私は敬礼をしてそそくさと店を出た。


万年青が何かを言っていたが聞こえない振りをした。

私もたまには上手に彼女を使ってみたかったのだ。




だが、




「それでは仕事に入らせていただきます。

お支払いは……。」


しばらくして仕事の依頼があり、

クライアントとテレビ電話越しに契約する事となった。


『それで了解だ。』


相手は初老のビジネスマンだ。

人の良さそうな紳士だ。


『よろしく頼むよ、ポチさん。ところで……。』

「はい、なんでしょう。」

『ネットのHPではピエロの衣装でお伺いしますとあったが、

そうなのかね?

それも楽しそうだが、出来たら今日のような普通の服でお願いしたい。』


私は一体何のことか分からなかったが、

契約の後に自分のHPを覗いてみた。


「万年青の奴……。」


HPの私の写真が椅子に座っているピエロ姿の私だった。


いつの間に撮られたのか覚えがないが、

だらしなく座っている様子はとても情けなく見えた。


「ピエロの姿でお伺いします、か……。」


差し替えたのは万年青だろう。

私はすぐに写真を取り換えた。


だがこれでお互い様だ。


とりあえず今度万年青の店に行く時はピエロの格好で行ってやろう。


万年青が笑ったら私の勝ちだ。



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