5  紋様のある箱

 



一仕事を終えて帰る途中、

気まぐれで宇宙港近くの商店街を歩いてみた。


宇宙港のそばのせいか土産物店が多い。

その中でふと気になる店があった。


小さめの店だが、ショーウィンドウには値が張りそうな木製の箱が出ている。

風変りだ。

私は思い切って入ってみた。


「いらっしゃいませ。」


薄暗い店の奥からしわがれた老人の声がした。


「少し見せてくれるかい。」

「満足されるまで御覧なされ。」


それほど広くはない店の両脇の壁に棚が何段かあり、

色々な大きさの箱が置いてある。

店主は一番奥のカウンターの向こうに座っていた。


店主は薄い眼鏡をかけて針金のように痩せていた。

ペラペラに見える。

だが生きているのは確かだ。


私は箱を眺めた。その素材は様々だ。

色味があるものや白っぽいもの、黒いもの、模様があるもの、

私の目にはその形に見えるが

他の者には多分別の形に見えるもの……。


その中に一つ、

両手で持てるぐらいの箱で表面に

複雑な紋様のある箱があった。


私はそれを手に取り、指で紋様をなぞった。


「お客様、それはおやめになった方が良い。」


店主が言った。


「囚われまするよ。」


薄い眼鏡の奥の店主の目が笑っていない。


「怖いな、冗談でしょ?」


私は少しおどけた。


「冗談ではありませぬ、

普通の方には無害だがあなたは囚われるかも知れぬ。」

「囚われるとはどういうことですか?」


店主は眼鏡を指で押し上げた。


「そのままの意味です。

その箱は紋様を辿ると戻れなくなりまする。」

「そんな物騒なものをお店に置かれては恐ろしいですよ。」


店主がカウンターから手招きをする。

私は箱を持ったままそちらに行くと、店主がそっと箱を私の手から持ち上げた。


「見える人にしか見えない模様なのです。

でもたまにあなた様のような方が見つけてしまう。」


私は胸元から名刺を出した。


「わたくし、こう言う者ですが……。」


店主が受け取る。


「……正直一番、探し屋

ポチ・イクマヌ・ドクスクト……さんですか。」

「はい、どうぞポチとお呼びください。

仕事は頼まれたものを探します。そのままですが。」


名刺を差し出したのは特に意味はないが、

この店主とは何やらかかわりが出来るのではないか、と言う気がしたからだ。


店主はしばらく私の名刺を眺めていたが、


「ポチさん、」

「ポチとお呼びください。」

「いきなりですが、お仕事を依頼したいのだが。」


やっぱりと言う気がする。


「はい、構いませんよ。スケジュールを調整いたしますので……。」

「いやいや、多分今すぐに終わると思いまする。」


店主はカウンターに先程の箱を置いた。


「すぐですか。」

われの下半身を探していただきたい。」

「下半身ですか?」


少しばかり驚いた。


「御覧なさい。」


カウンターの奥にいる店主が少しだけ体を持ち上げた。

私は覗き込む。

ベンチのような椅子がありそこに店主は座っているが、

確かに下半身は無かった。

元々そう言う方なのかもしれないが。


「今あなたが持っていた紋様のある箱に

吾は下半身を置いて来てしまったのです。」


少しばかり悲し気に店主が言った。


「体ですよね、大丈夫なんですか?」

「ええ、何ともありませぬが動くのに難儀だ。

それに……。」

「それに?」

「いや、尾籠びろうな話なので……。

そのおかげで吾は三十年ほど何も食べておりませぬ。」


だからこんなに痩せているのかと思った。


「しかし、箱と言っても紋様を辿ると囚われるのでは?」


先程の店主の言葉だ。


「確かにそうです。

だが吾の下半身は最後の囚われ場所の手前にありまする。

最後まで行かなければ戻れます。」

「道が辿れるのならご自分で行かれては?」


店主が口ごもる。


「その、あまり行きたくないのです。

なのでお願いしたい。

あなたなら一時間もせず戻れると思う。ぜひとも、ぜひとも……。」


何やら必死で懇願されている。

少しばかり迷ったが、店主の言葉を信用することにした。

それに紋様への好奇心も若干あった。


「分かりました。行ってみましょう。

それとお支払いですが、」


私はキャッシュポケットを取り出した。

ウェブマネーを取引する道具だ。

私はそれに金額を提示し相手に見せた。


「……、思ったより良心的な価格ですな。」

「正直が一番ですから。」


私は笑う。


「全額先払い致す。」

「いえ、今は半額で結構です。残りは後で。」


私は振り込まれた額を確認し、カウンター近くの椅子に座った。

そして箱を手に取り紋様を指で辿った。


とても複雑ながら一本の糸で続いているような道。


ゆっくりとゆっくりと……。


そして気が付くと遙かに続く草原の中に私は立っていた。


足元には獣道のような細い筋がある。

後ろにもその道はあり、前にもずっと続いている。


気持ちの良い風が吹き、草の香りが満ち溢れている。


私は前に進んだ。

多分この道を外れなければ帰るのも容易だろう。


しばらく進むと丘が見えその上に建物があった。

金色の瓦屋根の立派な城だ。

ぎらぎらと激しく輝いている。

様々な色のネオンが光り、

桃色のサーチライトが激しく動き城を照らしている。


「あれが囚われる場所か?」


私は呟いた。

何やらひどく胡散臭い感じだ。

近寄るのも危ない気がしたが、仕事では仕方ない。

私は道を進んだ。


十分程進んだところで私はかの下半身を見つけた。

道端で体操座りをしている。


痩せこけてポツンと座っている様子はひどく哀れで物寂しかった。


私は下半身を持ち上げると抱えて元の道を戻った。

ちらと城を見ると相変わらずおかしな感じに光っている。


あれを見て行ってみたいと思う者もいるかもしれないが、

私は真っ平だ。


まるで紙のような下半身を抱えて道を戻る。

さわさわと草が私の足を撫でる。


紋様の世界は草原が続く爽やかな場所だ。

だがあの城の存在のおかしな違和感は半端なかった。

あれに囚われてしまう者がいるのかと。


そして気が付くと私は椅子に座っていた。

前を見ると店主はカウンターから出ていて

腰のあたりをひたすら触っていた。


「おお、気が付かれましたか。

ずいぶんと早かったですな。」


私は時計を見る。

ほんの三十分程しか経っていなかった。


「感謝しかござらぬ、

しかし、しばらくお待ちいただけるか。」


少しばかり青い顔をした店主が慌てたように奥に引っ込んだ。


私は何が何だか分からないが待つしかないと思った。


すぐ目の前にある箱を見る。

紋様がうっすらと光るように表面に浮かんでいる。

もう一度辿るかと言われたらもう触りもしないだろう。

何しろあの城のいかがわしさは一度見たらそれでいい。


しばらくするとかなりすっきりした顔で店主が戻って来た。


「大変申し訳なかった。

しかし、おかげで長年の苦しみから抜け出せた。」

「我慢ですか?何を?」

「はっきり言いましょう、ご不浄ですよ。

三十年我慢しておりました。」


私は驚いた。

宇宙にはさまざまな人種がいる。

だが三十年もトイレを我慢できるのだろうか。


「何しろ手が無ければ何も出来ませぬ。

ともかく粗相をしたくなかったので三十年間何も食べませんでした。

あそこで漏らしては箱が汚れる。」


だからあんなにペラペラだったのかと理解出来た。

そして私は彼から残りの代金を受け取った。


「ところであの城は何ですか?」


私は彼に聞いた。


「あれは色魔を捕まえる罠です。」

「色魔ですか。」

「あのぎらぎらした城は色魔にはとても魅惑的に見えるようですな。

退屈な草原の中にあの城を見たら、

彼奴等あやつらにはひどく魅惑的に見えるのでしょう。」


物事が色々と解決したせいか彼の口も軽くなったようだった。


「ところでご主人、どうして上半身と下半身が

泣き別れになってしまったのですか。」


店主がぼりぼりと頭を掻く。


「あの時、吾も何を思ったのか紋様を辿っておりまして、

急な来客で慌てて戻ろうとしたら下半身が戻りたがらず……。」

「分かれてしまったのですか?」

「後でどうにかならないかと色々と試したのですが、

頑として吾の下半身は言う事を聞きませぬ。」


店主は小声で言った。


「お恥ずかしい事に吾の下半身はあの城に行きたがっておりました。」


私は何となく納得がいった。


「あなたの上半身が取りに行ったら下半身の勝手で、

上半身も含めてあなた全部が城に行ってしまうかもと?」

「そうです、

いやあお恥ずかしい。」


店主は朗らかに笑った。


「ご店主、それは仕方ありませんよ、生き物ですから。

正直で良いじゃありませんか。

まあ囚われるのは嫌ですけどね。」

「そう言っていただけるとありがたい。」


と店主はキャッシュポケットを取り出し残金を振り込んだ。


「おや、少し多いですよ。」

「口止め料です。吾の半身の恥はご内密に。」

「はあい。」


全身が戻った彼は今までの陰鬱な感じは微塵もなく、

人当たりの良い店主になっていた。


私は思わぬ収入もありとても良い気持ちで店を後にした。


店主は恥ずかしいとしきりと恐縮していたが、

私はむしろ全部そろった店主の方が人好きがした。


人には言えない部分があってもそこを含めてがその人なのだろう。


私は駅に向かった。

予約していた列車はとうに出てしまった。

思わぬ寄り道になってしまったが、

臨時収入もあった事で帳消しだと思った。


だがその時、ふと気が付いた。


店主は初めて私と会った時に何と言ったか。

あなたは囚われるかも知れぬと。


それは私もあの城に興味を持ちそうな

嗜好の持ち主かと思われたのだろうか。

それとも好奇心が勝ちそうだからそう言ったのか。


それはどちらか分からない。


ただ、前者なら

極めて遺憾な話である。



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