第57話 ラビット
「貴女の名前はなんですか?」
女の人は僕の言葉に目を見開くと、「
僕は星水さんの才能で空間を移動している。どっちが上か下か分からなくなる感覚を覚えて、下を見てみると先程いたところには二人が余裕で入りそうな黒い穴が出来ていた。
星水さんは僕の腰に左手を回し、僕の背中の右側に柔らかい感触がある。まぁ僕が星水さんに移動のアシストを頼んだからしょうがないんだけど、ラスボスの前だと言うのに僕って奴は。
この状況に感謝している。
「星水さん、このアブノーマルの代償は記憶なんだと思う」
そう言うと僕の腰にある星水さんの手に力が入り、星水さんと密着度が増したような気がした。いや、増した。
背中の感触が強くなる。一時間後には死んでるのか生きているか分からないし、人生最後のご褒美と思って堪能しよう。
でだ、忘れた記憶も思い出せない。忘れていた違和感もない。星水月夜という名前を呼んだことから、聞いていたことまで全部忘れてしまった。
代償が重いから才能も強いのか? 代償が軽いから才能は弱いのか? 僕の目の前にいる奴の才能はもうそういう次元じゃない。アブノーマルの才能とはそういう力だったはずだ。
緑山さんのアブノーマルの代償がまだ代償と呼べる物だったというだけのこと。
僕は相当に運が良い。アブノーマルの代償が『記憶』なんて軽過ぎるクセに、代償は忘れてしまって、代償を代償と思わないなんて馬鹿みたいだ。
クラウンは記憶がないから無条件に才能を使える。
あっ、これは聞いとかないとな。
「おいクラウン、十数年前に超大型のショッピングモールの人を大量に食ったろ」
「 知らない」
クラウンは小首を傾げる。
そうかそうか。
「僕は正義のヒーローでも何でもないからお前が食べてきた人たちなんて正直どうでもいい。でも、星水さんの家族を食ったお前が、星水さんの家族を知らないなんて言わせない」
僕は随分と身勝手だな。
大事なことはまだ忘れてない。まだ星水さんと一緒に戦える。
戦う理由と大事な人のことを忘れてなければ僕は命を賭けれる。
相当に僕も代償を払っていたらしいが、もし、このアブノーマルの代償が僕の大切な記憶から順に無くなるんだったら、僕は何を代償にしたんだろう。
星水さんよりも大事な記憶は無いはず。
もう代償は記憶と分かったし、この才能じゃクラウンを殺せないことは分かった。
借りたアブノーマルの才能を手放し、僕の身体から黒い霧は無くなる。
「お前が何を言ってるのかは知らない、俺の才能は最強だ! だから人がお菓子を食うように、俺は人を食うことがまかり通る。俺の才能にビビった連中が自分が食われないように生贄を用意する。俺はそれで満足してるし、こうやって日影のような美味そうな奴に出会えるから最高の人生だ」
クラウンは僕の名前は忘れないのか? それとも記憶がちゃんと定着するまで忘れないのか? それはあるな。いやいや、もう考えたってどうせ後付けになる。
そしてだ、コイツは自分の才能を最強と言ったか?
あぁお前の才能は最強だ。
お前にビビって生贄を用意する奴の気持ちも分かるよ。
でもここで退いたら僕の大切が全部無くなるってことは分かってる。
「お前の才能が最強? 僕の才能の足元にも及ばねぇよ」
僕のノーマルスキルじゃ相手にならないなら、アブノーマルに通用する次元までレベルを上げたらいいんじゃないか?
そんなことが可能なのか? 僕が何年サブキャラを演じて来たと思ってる。自分の力は自分が一番よく知っている、無理だ。
「開発から発現に、限解から解放に、全ての才能の次元を超えて放界に至る」
可能じゃないなら可能性の裏側にちょっとした細工をする。
『
小さい頃、この言葉は僕の限界を超える魔法の言葉だった。誰に教えてもらったかは覚えていないが……。
「あれ……」
僕の頬に違和感があった。手で拭ってその違和感を確認する。目から溢れたそれは涙だった、そう僕は泣いていた。
もしかして僕にも忘れちゃいけないことがあったんじゃないのか?
いや、どうせ大した事は無い。
忘れても、良い記憶だったんだと思う。何故かそう思う。
僕の見る世界が星水さんの才能によって毎秒ごとに変わっていく。
手放した二つのアブノーマルの感触を思い出せ。
右手を目の高さまで持っていき、パチンと指を鳴らす。
目の前にいるクラウンは動かない。空間移動を使っている星水さんも時が止まったかのように一切動かなくなってしまった。
「少し運命を変える」
この止まった世界では神さえ、僕が何をしようとしているかは感知できない。
『可能性の才能』と『運命を決定する才能』を合わせて、僕自身を創り変える。
まず左右の手にピントを合わせる。すると写真で撮ったかのように固まり、僕は目を瞑る。
深呼吸した後に目を開けると、すぐに左右の手の崩壊は始まり、必死で形を保つように情報を共有する。
最初からあるパズルのピースを違う形に書き換えて、元に戻す。
ジワジワと手から胸に、腰に、足に、頭にピントを拡大していく。
慎重に、僕の才能のレベルぐらいになれば、こんなの簡単……。
「ッ!!!」
身体が燃えるように熱い、脳をむしり取られるような痛みの感覚が全身に伝染する。これが無理を実現する才能の余波か。これでもこの戦闘中のダメージは後払いにしてるのに。
僕は毎度の戦闘に死ぬ気で挑みすぎじゃないだろうか。
パチリ、パチリとパズルのピースがハマる音が聞こえる。目を瞑り、痛みと格闘しながら音が止まるのを待つ。
パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ……。
……パチリ。
何も聞こえなくなった所で目を開ける。
まず目に飛び込んできたのが身体からモヤのように吹き出る黒い霧。
先程までの頭の痛みが無くなり、身体は燃えるような熱さだが、今は自然と気にはならない。
『
これは借り物の力じゃない、本物。
『才能は劣化し万の命を代償にその恐ろしさを知るだろう』
アブノーマルスキルの同類に、才能を極めた本物の恐ろしさというものを堪能してもらおうか。
『
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