第56話 異次元暴食
クラウンは僕の拳で吹き飛ばされ、一回二回三回とバウンドすると、やっと空中で体制を立て直し地面を引き連れながら止まる。
僕の身体から黒い霧が絶え間なく溢れてくる。
チュートリアルではアブノーマルの発現にどんな代償がいるのか分からずに力を奪えなかった。
しかもクラウンに最初に触れた攻撃が、チュートリアルでは最後の攻撃だった。
本当なら人生の分岐点をミスったら次なんてない。僕はその次があった、それだけのことだ。
僕の口の中に違和感が現れて、その違和感を舌で転がすと四角のような物がある。
噛み砕くと甘い、角砂糖のようだ。
ムシャムシャと食べ終わると。
「アブノーマルさんよ、そこもう食ってる」
クラウンの上半身が黒く塗りつぶされた。
ムシャムシャとクチャクチャと辺りに響き渡る音が気持ち悪い。
アブノーマルにアブノーマルの力をぶつけたら、先に仕掛けた方が有利と思ったが、そんなご都合はないようだ。
未来の僕が苦労するわけだ。
僕が食らった黒い穴を覆い尽くすほどの大きな黒い穴が現れると、クラウンがその中からヨダレを垂らしながら出てきた。
「俺と同じ味だ」
アブノーマルの力は大きすぎるが故に代償を払う。コイツの代償は何だ? それが分からないと話にならない。
それを試すために使いまくる。
僕は何個も何個も口の中の違和感を噛み潰す。その度にクラウンの空間は歪む。
最初は甘かったのに同じ空間を食うほど苦くなっていく。
これが代償? そんなわけはない。
これほどの力を使ってるのに体力も使わない。自分からは何かを代償にしてる気さえしない。
緑山さんのアブノーマルみたいに他人に代償を払ってもらうパターンか? でも緑山さんのアブノーマルは自分の未来の可能性も代償に入っている。
僕がアブノーマルの才能を使う度にムシャムシャと黒い空間から現れるクラウン。
「まだお互い自己紹介も済んでないのに殴り飛ばして、俺と同じ才能で殺しにくるなんて異常じゃないのか? 俺の名前はクラウン。アブノーマルスキル。君は?」
クラウンには僕しか視界に入っていないのか、お姉さん先輩が見えてないらしい。僕を見る目はギンギンでヨダレだらだら。前傾姿勢で食欲を抑えきれてないと誰が見ても思う。
さっさと僕を食いたくて食いたくてしょうがないということはわかる。でもその食欲という欲求を我慢してまで僕の名前を知ろうとするクラウンの気持ちが分からない。
前の世界より僕は本気で相手しているのに、まだコイツはどうでもいい他人の名前を聞けるだけの余裕があるのか。
「お前の才能のデメリットと、お前の殺し方を教えてくれたら名乗ってやるよ」
「あぁその才能は同系統の才能じゃなくて、俺の才能なのか」
また異常者特有の勘か。クラウンはヨダレを拭い、前傾姿勢をやめて背筋を伸ばす。
「同系統の力を有していたら君も使っていたらわかることだろう? デメリットは同じ場所が食うと不味くなることしか俺には分からない。そして死をも食うという行為で無かったことにする俺に殺し方は存在しない」
頭がない食いしん坊かと思えば、クラウンは悠長に喋り、ニヒルに笑ってみせた。
お姉さん先輩の復讐の相手は、とんだチート野郎だ。
次は僕の番のようだ。前の世界と同じことを口に出した。
「ノーマルスキルの青空日影だ」
僕の自己紹介を聞いて何が楽しいのかクラウンは顔をほころばせた。
「へぇ、ノーマルスキル」
僕の目の前が真っ暗に染る。前の世界で名乗ったら食われることは知っていた。
アブノーマル初心者の僕でも来ると分かってれば失敗はしない。
口の中に吐き出しそうなほど不味いブロック状の違和感が現れると、僕はガリガリとその違和感を歯で壊しゴクリと腹に収めた。
一歩前に出ると横には味方の女の人がいて、目の前にはクラウンがいる。空中にいる僕は戦闘の真っ最中。
これが死の味なのか。それにしても代償が軽過ぎる。
死を経験したら『
「すいません。次にアブノーマルの攻撃を受けて死んでも復活に成功するか分からないのでお姉……月……え、」
名前が思い出せない。
この女の人は空間移動の才能を持ってる味方だ。
そして僕はこの女の人の為にアブノーマルを殺そうとしている。
復讐の理由も聞いたし、僕にとっては凄く大事な人だ。
よし、大事な事は忘れてない。忘れてない。忘れてない。
「貴女の名前はなんですか?」
大事な人なのに名前が出てこない。
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