第58話 一言から



月兎の虚飾ヴァニティプライド



 風が肌を撫でる、時が息を吹き返すのが分かる。


「日影くん、またアブノーマルスキルを借りてきたの?」


 星水さんは僕の全身から放たれる黒いモヤが気になったのか声を掛けてくる。


「いや、自前ですよ」


 短い言葉を返して、僕は星水さんの腕から離れ、星水さんの顔を見る為に後ろを向くと、ハテナマークを浮かべそうな困った顔をしていた。




「何をした!?」


 クラウンの声が聞こえ、僕は星水さんの可愛いと綺麗と足した顔から目を離し、後ろを向いてクラウンを視界にとらえる。


 クラウンは鋭い眼光を僕に向け、驚いた顔をしていた。


 時が止まった状況で僕が何かをしたという事が異常者の勘でわかったらしい。さすが化け物の勘は凄まじいな。いや、星水さんだって分かってたし……そういう事じゃないよな。


 さすが化け物の勘だ、ちゃんとアブノーマルの本物が分かるのか。前の世界のお前だって、未来のお前だって、そんな顔はしてないからな。


 この僕がお前の脅威にレベルアップしたということなのか。




 僕は深呼吸する。スーハー、スーハーと。


「僕が死ぬ時は星水さんの名前を言うんで、どうか笑顔で見送ってください。僕の名前も言ってくれたら安らかに死ねます」


「日影くんが死ぬ時は私も死に時だよ」


「それもそうですね。あぁ、そうだ! クラウンに勝っても空奏の魔術師に追われることになると思うんで、どこか行きたい場所を考えてくださいね。世界旅行楽しみですね」


「世界旅行か。わかった」


 ふっと吹き出した星水さんは僕と一緒に世界旅行に行くことを了承してくれる。


「最初から決めてた通り、クラウンのトドメは星水さんに任せます」


「それもわかった」



 星水さんと軽口を交わして、集中する。


 最後の局面だ。後ろにいる星水さんも限界まで空間を圧縮して逃げることが出来ない攻撃をする気なんだと思う。僕も無理しすぎたからか、もうあまり体力も残っていない。


 後ろから感じる視線がなくなった。星水さんは空間移動で何処かに行ったのだろう。


 まぁ僕がアブノーマルになった時点で、負けることは無い。


「さぁ、行こうか」


 可能性の裏側へ。





 僕の才能で降っていた雨がピタッと止まり、その雨の粒は風が吹くとしだいにサラサラと散っていく。



 雨の粒が消えた瞬間にクラウンは動いた。


 ムシャムシャと僕の存在を食らう。僕は食われた僕を横目に聞いてみることにした。


「美味しいか?」


「美味しい? 美味しい! 美味しい!!!」


 それはそうだろう。お前が食ってるのは幻じゃない僕自身なんだから。


 ムシャムシャと食われる度に、食われた僕と食う事が出来なかった僕の両方いた可能性がある世界を作っている。有り得ないが有り得るのが僕の才能。


「お前の才能の代償は記憶だ。お前には忘れちゃいけない記憶とかないのか?」


 ムシャムシャ、ムシャムシャ。


「記憶? 俺にはそんなの関係ねぇ! 日影を食えればそれでいい」


 ムシャムシャ、ムシャムシャ。


「そうか、お前には手放しちゃいけない記憶がないのか」


 ムシャムシャ、ムシャムシャ。


「美味しい! 美味しい! 美味しいィィィイイイイ!!!」


 無我夢中で僕を食っているクラウンがなんだか。


 可愛そうな奴だよ、お前は。



 ムシャムシャと僕の存在が消える度にクラウンに問いかける。


「お前の名付け親は?」


 ムシャムシャ。


「家族はいるのか?」


 ムシャムシャ。


「友達はいるのか?」


 ムシャムシャ。


「好きな物は?」




 質問をやめ、僕は自分語りを始めた。


「僕が一番脳裏にイメージするのはいつか見た満天の星空。それはもう未来で見たのか、過去に見たのかわかんないけど、その満天の星空を眺めた時、世界で一番綺麗だと思ったよ」


 ムシャムシャ。


「妹は会う度にご飯を作ってくれて、どんなに疲れていても僕は凄く元気になれた」


 ムシャムシャ。


「高校で初めて友達と食べた昼ご飯は美味かったな。高校まで一人も友達が出来なかったんだ、美味しいに決まってる」


 ムシャムシャ。


「あ、そうだ。強い相手を初見殺しで何度も倒した。僕の才能は戦闘に不向きって言うのに僕の周りの人は脳筋ばっかり」


 ムシャムシャ。


「可愛い女の子とデートした時は嬉しかった。モテ期が来てたのかもしれないな」


 ムシャムシャ。


「大事な人の大切なものが壊された話は、自分が経験したように辛かった。僕に力があればと、自分の才能に嫌気がさした」


 ムシャムシャ。




 最初の始まりはこの一言からだったのかも知れない。



『今から日影君は人気者になると思う』



「僕が無理をするようになったのは、この一言からだ」


 よくもやってくれたな。


 緑山さんには感謝の言葉しか出てこない。



 ムシャムシャと、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ。


 ムシャムシャ、ムシャ、ムシャ、ムシャ……ムシャ……ム。



 やっと汚らしい咀嚼音をやめてくれたクラウンに僕は再度問いかける。


 最後の言葉を並べる、最後の質問だ。



「お前に好きな人はいるか?」


 未来の僕を超えたって言うことは正直言えないけど、今の僕は未来の僕よりも才能が強力だと言うことは分かる。




「お、れの……ぼ、くの、僕の好きな人は星水さんだ」


 途切れ途切れだった口調からハッキリした口調。そしてニヤリと笑ったクラウンの口からこぼれた好きな相手。


 僕のアブノーマルは凄くシンプルだ。


月兎の虚飾ヴァニティプライド


 僕のアブノーマルは対象の人生を否定する。


 死んでも死んだことを食らうことで無効化するなら、才能を使わせなければいいと思わないか。



「死んでくれるよな」


「あぁ、もちろん」


 クラウンは僕の声に頷くと、星水さんが僕の横に現れた。星水さんは左手に空間を圧縮した玉を持っていて、その玉は人ひとりを倒すのには十分過ぎる程の攻撃力を持っている。


「日影くん、これはどう言うこと?」


 星水さんは僕とクラウンを見比べて、声を震わせる。


「これは僕のアブノーマルの才能で人の身体を乗っ取れるのです! さっ、トドメは任せます」


 クラウンもうんうんと頷いている。



「違うッ!」



 声を荒らげた星水さんは長く息を吐く、そしてゆっくりと話し出した。


「違う、そうじゃなくて。日影くんが乗っ取ったアイツを倒したら才能で繋がってる本体の日影くんも何か代償を払うことはないの? そしたら……」


 僕は星水さんの話を切って口を開く。


「代償を払うことはないですよ。僕を信じてください」


 僕のキラキラした目を受けて星水さんは納得はしてないけど、左手をクラウンに向けた。



 クラウンから一言紡がれる。


「星水さん」


 その瞬間、星水さんの身体はこわばったように感じた。


 星水さんは眉をしかめた後に、笑顔を見せた。僕のお願いを聞いてくれたのかな。



「日影くん」



 空間を圧縮した玉が星水さんから離れ、クラウンは空間に呑み込まれる。



「「ありがとう」」



 僕は罪な男だ。星水さんの目から出た涙を拭うことも出来ないなんて。







 代償は。。。。。。






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