第51話 ノーマルスキルの常識
倉庫の地下の通路は人が三人横に並んでいても圧迫感のないぐらい広い。この地下はアリの巣状に入り組んでいると教えられた。
雷華はお客さん用の部屋に僕たちを押し込む。
「警報が鳴るまではのんびりしていいです。今日死ぬかも知れないから、この部屋で出来ることは限られてくるけど悔いは残さないようにしてくださいね」
雷華は忙しいようで、それだけ言うと部屋から出ていった。
お姉さん先輩を見ると流石は空奏の魔術師という所か。すでにソファーに座り、テレビの番組表を見てる。
四時間後に空奏の魔術師の拠点を潰しに行くとは思えない程の落ち着きようだ。
ここの部屋はお客さん用ということもあって広い。僕は部屋を一周する。
お姉さん先輩は良さそうな番組が無いのか、僕がお姉さん先輩の横に座るとテレビを消した。
「ねぇ日影君のことが知りたい」
お姉さん先輩は頬を赤めながら、僕の手を握ってきた。
お姉さん先輩に伝えられるような面白い話はない。タダの一般人の何処でもある話だ。
「ダメ? 雷華が言ってたじゃない。悔いのないようにって」
お姉さん先輩はタダの一般人の僕を知らなければ後悔するって言うのか。
ポツポツと何にも面白くない僕の話を口する。
「まず父と母はいません。父母の思い出も。僕にとっては母がたの祖父と祖母がお父さんとお母さんです。覚えている小さい頃の記憶はじいちゃんと温泉に行った記憶しかないですね」
「へぇ〜、日影君はおじいさんから温泉に連れて行ってもらってたんだ」
「ノゾキの極意を教えて貰っていたんです」
「え?」
「楽しかったですよ、子供ながらに」
じいちゃんのノゾキの極意とは、男風呂と女風呂が壁を隔てて繋がっている温泉に行き、温泉に浸かりながら精神を集中させて女湯を疑似体験するという物だ。
僕の才能は小学校六年の冬休みに情報の共有という事が分かり、ノゾキの極意は僕にとって効率的なレベルアップの手段だった。
「じいちゃんが亡くなる年にじいちゃんから言われた『黙っていたけど、日影。お前の才能はインビジブルボディじゃなく、ノーマルスキルの
お姉さん先輩は肩と肩が当たるほどに近づいてきた。
「続きは?」
柔らかくてドギマギする僕をよそにお姉さん先輩は目をつぶって僕の話を聞いていた。
「共感覚の才能とわかって最初にやった事は、他人の才能の真似ですね」
お姉さん先輩の甘い香りがする。
「ただ人の才能が羨ましかっただけの力だったんですよ」
僕の人生は面白味もないと思う。
「あと妹がいます。僕なんかより立派で、たまにご飯も作りに来てくれるんですよ。才能もレアスキルで自慢できる妹です」
「ねぇ日影君。ノーマルスキルとレアスキルの違いはわかる?」
性能の差。それは覆せない常識。
「私は分からなくなった」
肩の重みが無くなり、お姉さん先輩がソファーに足を掛けて僕に顔を近づけてくる。
「常識が何度も覆るところを見てるから」
切れ長の目はゆっくり閉じられ。
「私の常識を取り上げた責任取って」
酷く横暴な話だと思うが、僕も目をつぶった。
唇の柔らかな感触と鼻をくすぐる甘い匂いで、才能も使ってないのに脳がパンクしそうだ。
一時の静かな時間。長い、長い、息づかいだけが鮮明に聞こえる時間。
真っ暗なのにそこには安心感があって、僕の首からお姉さん先輩が両手をまわして抱き締めてくる。
僕がうっすら目を開けると、口を離したお姉さん先輩は僕に抱きついたまま、端正な顔も目と鼻の先程に近い。
「これで悔いが無くなったかな」
艶めかしい表情でにこやかに微笑んだ。
僕は思う。
お姉さん先輩の復讐が終わったら結婚しようと。
そう思う事が死亡フラグと分かってても、このお姉さん先輩の可愛さは反則だろう。
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