第52話 交錯する想い


 部屋中にブーブーと連続で警報が鳴る


 僕は名残惜しいとお姉さん先輩の傍から離れ立ち上がる。


 すぐに異変が起きた。僕の両手から緑色の淡い光が出てきた。その淡い光が段々と広がっていき、身体中を覆い尽くす。


 お姉さん先輩はソファーに座りながら、目をつぶり深呼吸している。お姉さん先輩も僕と同じように光に包まれていた。


 これは転移系の才能の力か? もう四時間経ったのか。



 今から僕は憧れた空奏の魔術師に喧嘩を売りに行くんだ。


 世界に支障がない反逆者の真似事。


 お姉さん先輩が明日も笑っていられるように、僕は全力を尽くす。




 まばたきした瞬間に部屋から風が吹き荒れるタワーの中級層。


【空奏の魔術師の車紹介!】というテレビで、バベルタワーの飛空車の駐車場の風景を見た事がある。


 空奏の魔術師の拠点はタワーになっていて、下位層、中級層、上級層とあると、テレビで見た。


 お姉さん先輩は上級層の更に上に行きたいようだが、ここにはお姉さん先輩は居ないようだ。


 雷華のアジトの地下に何人いたのかは知らないが、大規模だったことには間違いない。


「おい何やってる! お前も来い!」


 周囲を見渡してみると、僕を合わせて五人がランダムに転移させられたらしい。


 ここはついて行った方がお姉さん先輩と会う確率も高い。僕は四人の反逆者の後ろからついて行く事にした。




 僕は今、名前も知らない人たちと一緒に扉を開けていた。僕は何もやっていないけど、後ろから見ているだけだ。


 豪華な絨毯がひかれた廊下。豪華な扉が等間隔に設置されている。


 ここだけ切り取れば空奏の魔術師の拠点というよりも、高級ホテルだと誰だって思うはずだ。


 ここにいる反逆者は金目の物狙いか? 扉を開けることに何の意味があるんだ?


「なんで俺たちがこんなことをしなければいけないんだ!」


 僕と同じことを思ってた奴がいた。


「雷華さんから言われただろ! エサ置き場だって」


 えっ? エサ置き場? 何を言っているんだ?


「えっ? ここが!? ヤバい才能を持った奴が最後に行き着く場所だろ」


「それを解放すればどうなるか分かるよな」


「あぁ、楽しみだ」



 ガコンと扉が開くと、中から出て来たのは見上げるほどにデカい巨人だ。


「おい、逃げていいぞ!」


 その巨人に扉を開けた男が尻を叩いて声を張り上げた。


「俺に命令すんな」


 僕は唐突な殺気を感じ、後ろへ下がる。ブゥンと耳鳴りがなり、いつの間にか、「グへッ!」と、反逆者の一人の男はおかしな声をあげて、扉にぶつかって気絶していた。


共感覚ラビット』で巨人の情報を調べようとしたら、巨人はチラリと僕に視線を合わせて来た。僕は死んだと思った。


 そんなことはなく、僕はまだ生きている。



 僕は巨人を無視して、次のドアに向かった。僕以外の三人の反逆者も気絶した男の人を放置して、次の扉へ向かった。


 やべぇ、やべぇ、やべぇ、やべぇ。


 反逆者の人たちがヤバイ才能持ちと言っていたが、流石はヤバい才能持ちだ、普通の人の殺気じゃねぇ。


 でも雷華の狙いがわかった。


 僕は反逆者からバールを貰っていたので、次の扉にバールを差し込む。そして引っ張るとガコンと扉開く。次の部屋からは勝気な女性が出て来た。紫のドレスを着ている。


 僕は綺麗だなと思った。


「ありがと、綺麗だなんて。雷華から話は聞いてるわ。暴れればいいんでしょ」


 考えを読まれた? 僕は雷華から何も聞いてないけど、同意してたらいいのかな?


「はい」


「可愛いボクちゃんね。そうゆうの嫌いじゃないわよ」


 綺麗な人は僕の顎を手で触ると、ウィンクして顎から手を離し、巨人を連れて行ってしまった。



 それを見送り、次の扉にバールをかけて引っ張ると、ガコンと扉が開く。

 

 部屋から出てきたのは転校したはずの緑山さんだった。


「えっ!?」


 えっ!? と驚き、キョロキョロと周囲を見渡すが、ここは空奏の魔術師の拠点。


 この場には似つかわしくない人物の登場に頭が混乱する。



「なんで来たの!」



 緑山さんは眉間にシワを寄せて怒っているみたいだった。そして混乱で声が出ない僕の手を取って走り出した。


「緑山さんどこ行くの? 雷華に何か言われてたの?」


 緑山さんに引っ張られながら、混乱から復帰して声を出す。さっきの綺麗な女の人も雷華のことを知っていた。じゃあここに居た緑山さんも何か知っているんじゃないか?


「私は何も知らない。この騒ぎは時期的に元空奏の魔術師のテロ。少し早い気もするけどね」


 雷華のテロを言い当てた緑山さん。さすが未来から来ただけはある。これから起こることも知っているんじゃないだろうか。


「この混乱の中で下位層に行けば罪にはならないよ」


「緑山さん聞いてくれるかな。僕はもう運命を決定して、一度死んだ。僕自身なんで助かったのかは分かんないけど」


 僕は緑山さんには言わなければならない、そんな気がした。緑山さんは僕の手を離して立ち止まる。


「なんで? なんで日影君は……」


 振り返った緑山さんは涙を流していた。


「なんでそう貴方は違う過去でも、自分の命を棚に上げて、危険に対して鈍感になれるの!」


 鈍感? 違うな。敏感なんだ。緑山さんが鈍感だと思ってる以上に。


「自分の危険よりも月夜先輩の笑顔の方が僕にとっては大切だから、かな」


 ノーマルスキルのタダの一般人のクセにカッコつけて、カッコイイヒーローに憧れているだけだ。


「緑山さんは逃げて、僕は月夜先輩の所へ行かないと」


 アブノーマルと戦うと言っていたお姉さん先輩だけは無事に帰さないと。


 緑山さんの言いたい事は分かってる。


「今の僕は反逆者になってでも月夜先輩を助けたい。緑山さんは何を悪いことしてないのに捕まってたんでしょ。それなら反逆者になってでも、笑って過ごせる未来の可能性のために戦おうよ! 『僕たちはそうやっていつも戦って来ただろ。日向』」


「えっ?」


 僕の最後の言葉にノイズが走って、僕も何を言ったのか分からない。


「じゃ、じゃあ緑山さんも混乱に乗じて早く逃げてよ!」


 僕は緑山さんを置いて上の階へ登る。





◇◇◇◇





 私は日影君を目で追いかける。


「貴方が笑っているだけで良かったのに、人は貪欲ですね」


 名前を呼んでくれた日影君の音を思い出し、繰り返す。


『僕たちはそうやっていつも戦って来ただろ。日向』


「私が助かった未来だとしても、貴方が傍に居てくれる未来はしばらくは来そうにないね」


 日影君と私の未来の後悔を救うために、後悔しないための才能を使ったのに今は。


「羨ましいがらずにはいられないよ」


 頬に涙が伝った。


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