第49話 自慢話

◇◇◇◇




『僕は才能のツケを払って、死にます』


 日影君が病室から出て行った。日影君ならそう言うと思った。でもその死は叶わない。


「ざまぁみろ」


 私は一人病室でほくそ笑むと、さっそく身代わりになるために、身体を差し出す。


 胸を両手で押さえる。するとぽっかりとした穴が開いた。


「日影君は、これ以上の痛みを受けて、私を守ってくれていたのかな」


 ここの病室は、日影君が『決定リザルト』で創り出した幻想の中。


 少しづつだけど、私の痛みが許容を超えて、幻想の部屋が崩壊していく。



 私は日影君の無理を引き受けるために、未来の日影君に用意した一度だけ使えるコンティニュー。


 私は日影君のために命を捨てれる。


 日影君が『決定リザルト』で創り出した幻の私に頼む時だって、日影君は嫌そうな顔していたもんね。


 日影君は本当は自分自身の幻を身代わりにしようと思っていたみたいだけど、日影君自身の情報が足りなさすぎて幻の実体を創れないって嘆いていた。




 これでも全然日影君に追い付いたとも思ってないよ。


「私が命を一つ掛けたって、日影君には敵わないからね」


 日影君に心の隙間を返す事にする。


 どうせ日影君は、私が助けた事に気づかない、気づけない。


 やっと、日影君の並んだ気がした。


 並べてないけど、気持ちの問題。


 日影君は私に、気づかせてくれなかったから、私は今、凄く気分がいい。


 大切な人を助ける時って、日影君もこんな感じだったのかな。


 日影君と私の未来は、消えてしまったけど。


 無くなった未来が平和なら、私の席が他の人に取られることもなかったのに。


「はぁ、知りたくなかったなぁ」


 これからの未来は外の私に頑張って貰おう。



「じゃあね、日影君」





◇◇◇◇





 目覚めてみるとお姉さん先輩が目の前にいた。


 僕はお姫様抱っこで運ばれている。


 ここは空の上で、お姉さん先輩の『空間移動』で飛んでいるみたいだ。


「あっ、おはようございます! 月夜先輩」


 お姉さん先輩は何故か泣いていて、僕が挨拶すると、お姉さん先輩は目をつぶり、首を左右に振って、また前を向く。


 これは何かのプレイ?


 お姉さん先輩が無視するので、最後の遺言を聞いて欲しかった。


 それにしてもいつ死ぬんだ? 痛みもない。


 なんか空奏の魔術師と戦う前よりも元気だ。


 ここからすぐ死ぬのか? いや、後払いにした痛みもこない。



 夢で何かを見た気がする。


 それがどうしても思い出せない。


 誰かにあって、その誰かは何かを企む僕と同じ顔をしてたような気がする。


 ただぼんやりとする人物は段々遠くなって行く。今思い出さないといけないと僕の危機感が募る。


 手を胸に持っていくと、僕の鳴るはずのない心臓の鼓動が聞こえた。



「……日影君」



 僕が夢の人物を思い出すのに夢中になっていると、空中で静止したお姉さん先輩が僕の名前を呼び、僕の目を見て離さない。


 すると、お姉さん先輩は口を結んで大粒の涙を流す。


 僕は咄嗟に表情が変わったお姉さん先輩に驚いて、頭が真っ白になった。


 何を言うかは、決まっている。だがその一音一音が出ない。



 数分の時間が経ち、僕の息がやっと音を乗り、言葉になった。


「月夜先輩、聞いて、下さい。空奏の魔術師たちを、僕一人で、朝まで引き止めていたんです」



「バカ」



 短い言葉。ボロボロと大粒の涙が僕の頬に落ちる。


 空中を飛び始めたお姉さん先輩は僕の自慢話を喜んでくれなかった。そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。


 

 ずっと前を向いて才能を行使しているお姉さん先輩をジッと黙って見てた。


 僕が口にする言葉はお姉さん先輩の涙に変わるから。


「日影君、そんなに顔を見られたら恥ずかしい」


 お姉さん先輩は頬を赤く染めて、照れている表情を伺わせる。


 こっちを見てない筈なのに、なんでわかったんだ?


「はぁ。空奏の魔術師に一人で朝まで戦ったの? 詳細を教えてくれる?」


 ん? 呆れながら話を振られてるような。


 まぁ、いいか。


 空のお散歩の暇つぶしにはなるだろう。


「まずマンションに帰ってきたところから空を覆うように時間差で夕方の風景の幻覚を張って、マンションの中と外の領域を切り離した所から……」

 

「待って、えっ? 空に幻覚張る? マンションの中と外の領域を切り離す? どういうこと?」


 お姉さん先輩が僕の話を遮り、疑問を口にしてくる。


「僕の才能は情報の共有ですよ。時間は感覚ですから余裕でイジれます。でも設置型の時計は才能の範囲なんですけど、腕時計をしてたらバレてましたね。領域を切り離すというのは、マンションの隣にマンションがあると皆んなが思い込むように領域を切り離したんですよ」


「ねぇ日影君。最初に会った時から一気に強くなってるような気がするけど、何かあったの?」


 僕も前までは出来なかった事が当たり前にやれている事に、お姉さん先輩の疑問で初めて気づいた。


「……なんででしょう?」


 僕はお姉さん先輩の問いに、呆けて返した。


 未来の僕が置いていった物だとは思いたくなかった、自分の努力だと思いたかった。


 僕の小さなプライドが引っかかって、真実を口に出す事はなかった。


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