第48話 覚悟

◇◇◇◇




 優しい風が僕の頬を撫でる。窓から明るい陽射しが入ってくる白い部屋。僕はそこを知っているような気がした。


 なんで僕は病室にいるんだ?



 身体も至るところ触っても、なんともない。痛みもない。


 死んだのか? ここは天国?


 後ろにはドアがあり、前にはカーテンを挟んでベッドがある。


 カーテンの影でベッドの上に誰か居るのが分かった。


 僕は、意を決してカーテンを覗いた。



「ごめんなさいね。こんな所に来てもらって」



 綺麗な大人の女性だった。


 緑山さんだ! いや、違うのか? 髪も腰まで伸ばして。


「緑山さんのお姉さん?」


 この緑山さんは大人の女性だ。


「ふふっ、私の名前は緑山日向」


 やっぱり緑山さんだ! えっ? 僕は困惑している。


「未来にタイムスリップでもしたのか? 身体成長の才能で成長したのか?」


「ん〜。タイムスリップでも、才能の力でもないよ。この身体はほとんど幻みたいなものだよ。日影君の心の中の緑山日向って言えばいいのかな」


「えっ!? 僕は心の中では綺麗な緑山さんを創り出しているのか」


 ちょっと……いやだいぶキモイな。


「今の日影君が作り出した訳じゃないよ。日影君の心の中に私の想いが少しでもあればよかったんだけど、今の日影君の心の大部分を占めてる人は……あの人」


 下を向く緑山さんは暗い影を落とす。緑山さんは首を左右に振ると、僕に顔を向けて微笑んだ。


「まぁ、そんな事はどうでもいいの。未来から来た私は今を生きている若い日影君に会えて満足」


 未来の緑山さんか。


「ここは死んだ後の世界じゃないの?」


 今を生きている僕に会うって、多分僕は死んだ。胸を貫かれて生きている方がどうかしている。


「そうね。死ぬ間際に日影君の心の中の私が居る場所に通されたというのが正しいかな」


 死ぬ間際ならどう考えても死ぬ未来しか待ってないような気がする。


「日影君は運命を決定した。その技は使ってはいけないと未来の日影君から言われたでしょ?」


「なんで未来の緑山さんが、その事を!?」


「運命を決定して、ボロボロにならないと、ココには来れなかったんだもん。日影君がココに来たら説教するようにと未来の日影君から頼まれてココに居るの」


「最初っから僕が運命を決定する事を予測してたというわけか」


「そんなの予測なんてできないよ。でも今の日影君には運命を決定する方法だけは使って欲しくなかった」


 なんで緑山さんにそんな事を言われないといけないんだ。



「空奏の魔術師を相手にするには、運命を決定するような強力な力が必要だったんだ!」



 段々と大きくなる声を出して、ハッとする。僕が弱かった。それだけじゃないのか。


「未来の日影君は、貴方が持っている想像の力を欲しいと言っていたわ」


 可能性の力か?


「そんな力を持っていたって大事な人を守る事も出来ない」


「違うわ。運命を決定する力は、想像の力の劣化と日影君は言ってた」


「そんな事はない。だって空奏の魔術師に傷をつけたのは、運命を決定する力だった」


「やっと分かった。ココに来れる条件、『運命を決定する力は使う』じゃないじゃない、騙された。日影君、貴方って人は……私に今の日影君の道しるべになれと」


 緑山さんは窓の外の空を見ながら「呆れた」と口にする。


 でも何故か嬉しそうだった。


「私が、私に興味の無い日影君に協力してあげると、本気で思っているのね」


 緑山さんは独り言を言うと、僕に視線を向ける。


「惚れられた私が、惚れた弱みに免じて協力してあげる。これは日影君の為にじゃないからね」


 僕は緑山さんのなんなんだ?


「時間は限られてる訳だけど、貴方は死ぬわ」


「死に物狂いで、月夜先輩の寝る時間が作れたから、僕は胸を張って逝ける」


「死よりも大切な時間を作れた? 空奏の魔術師に勝っていたはずなのに」


 緑山さんは、クスッと笑う。


 観てたのか? オッサンに勝てたってどういう意味だ。


「勝てたは今の日影君の経験値では、まぁ、言い過ぎたかな」


 言い過ぎなのか。


「あれだけ才能の力を至る所に割り振っていたら勝てるものも勝てなかったでしょうね。空奏の魔術師に挑んだ時の後回しにしていた才能の余波を受けて死ぬか、ココで楽に死ぬか、選ばせてあげる」


 あぁ協力って介錯の事か。


 後回しに、後回しにって、ダメージを溜めてたから才能の余波は凄く痛いんだろうな。


 ここは楽な方で、緑山さんに死ぬのは手伝ってもらおう。



「僕は才能のツケを払って、死にます」


「そう。私の出来ることはないようね。病室から出れば、ツケを払って死ねるわ」


 緑山さんは「じゃあね」と言うと、視線を僕から切り、窓の外に視線を飛ばす。


 僕は緑山さんに頭を深く下げると扉の前へ向かう。



 僕はツケを払う覚悟も、オッサンに勝つ覚悟も、月夜先輩を守る覚悟も。


 全部足りない。


 死ぬ前に時間を貰ったことで、あやふやな自分自身の在り方に覚悟を持って死ねる。


 僕は扉を開けて、踏み出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る