第43話 散歩
食事中にお姉さん先輩がソファーに倒れ込んだあと、お姉さん先輩は目を瞑ったまま目を開けなかった。
可笑しいと思い僕はお姉さん先輩の顔を覗き込んだ。すると、すぅすぅと寝息を出していた。
昨日からお姉さん先輩は寝ずに空奏の魔術師から逃げてきたと考えれば、よく料理が出来たなと感心する。
僕なら料理とか以前に寝ることしか考えられなくなっていたと思う。
僕はお姉さん先輩をお姫様抱っこで寝室に運んだ。
はぁ、キツい。
女性を運ぶのはこんなにも疲れるのか。
デジタル時計のアラームを朝の八時にセットして、僕はボールペンを持ち、リビングに戻ってお姉さん先輩が作った料理に舌づつみを打つ。
美味しいとペロリと平らげた。
ポケットに入っていた紙を取り出し、ボールペンを走らせる。
腹いっぱいになり散歩でも行くかと、お姉さん先輩の眠っている寝室の扉に紙を差し込み家を出る。
マンションの八階からエレベーターで一階に降り、エントランスに差し掛かった時、ふぅっと息を整える。
そして域を整える。
一歩、エントランスから出ると景色は存分に変わり、殺伐と空奏の魔術師たちが才能はひけらかしていた。
マンションに向かって色とりどり才能を出していた。その才能の余波が僕のいる所まで侵食する。
「誰だ!」
空奏の魔術師が僕に向かって言葉を投げる。
「タダの一般人ですけど?」
空奏の魔術師が攻めあぐねてる城から出て来た僕は、極々自然に当たり前な事を言う。
空奏の魔術師たちは僕を遠巻きに見てる。
才能の弱い、強い、が当たり前な世界。
空奏の魔術師はレアスキルの宝庫だ。そのレアスキルをノーマルスキルの僕が止めてる事に驚きと共に、未来の僕に感謝してる。
未来の僕は空奏の魔術師を相手にしてたんだ。
本気を出せば明日の朝までならお姉さん先輩を守れる。
「青空君!」
「日影様!」
黒川と白井さんが空奏の魔術師の後ろからやって来た。
インターンで空奏の魔術師に着いてきたって事なら黒川と白井さんが居るのも頷ける。
でも僕が何で追われてるのか分かっていないようだ。
僕に理由を聞こうとしたのか黒川が大きく口を開けた所で、空奏の魔術師に「後ろに下がってろ」と言われて黒川は押し黙る。
空奏の魔術師と僕のいる距離は大通り六車線ぐらいに離れている。それでも周りの空気がピリついてる事は分かった。
「おい、応援で来てみれば俺がなにをしたってんだ。仲間を捕らえろと言われて頭が痛いっていうのに。お前も一緒かよ、青空日影」
炎を纏ったオッサンが空から降りてくる。
「マンション一帯を才能で覆ってるのか? はぁ、大したもんだ、やっぱ若さかねぇ」
僕の才能を的確に見抜き、オッサンはニカッと笑う。
「投降してくれ」
強さ的にもオッサンはお姉さん先輩の同レベルか、その上に位置する。
応援で来るなんて想像していなかった。
お姉さん先輩が特殊ってだけで、普段空奏の魔術師は部隊で動いてる。だけど部隊の成果を他の隊に譲るなんてしない。
あぁそうか。お姉さん先輩がいるからか!
ちょっと考えれば考え付くことなのに、マンションを才能で覆ってるからか頭が鈍っている。
こんな状態でオッサンと戦う? 嘘だろ?
軽い模擬戦とは違う。今回はオッサンも全力で来るだろう。
僕なんか数秒後には燃えカスになっていても可笑しくない。
前の模擬戦みたいに一発殴ったら終わりにしてくれねぇかな。
くっ、足がガクガクと震え上がっている。
戦闘向きの才能じゃないのに、ノーマルスキルなのに。
なんでお姉さん先輩を守る力じゃねぇんだよ。
僕の才能じゃ、お姉さん先輩を守る事なんか不可能だ。
僕が言う言葉は決まっている。
「投降はしない」
「そうか。俺は星水月夜を捕まえる権利を持ってる。空奏の魔術師の権利を阻害されれば……少年分かってるのか?」
僕だって分かってる。殺される事ぐらい。
日は昇っていて、もうすぐでオレンジ色の空になる時間帯だ。この時間から朝まで時間を稼がないといけない。
涼しい風が僕の肌を撫でていく、見える世界の情報を共有していく。
「空奏の魔術師分かってるか?」
笑顔で答える。
「僕は強いぞ? 死にたい奴からかかって来い」
僕の燃えカスになる未来は決まったな。
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