第42話 ダメなわけない


 お姉さん先輩は首を左右に振る。


「私の為に怒っているって分かってるけど、これは私のだから」


 お姉さん先輩の目に鋭さが走る。


 危ない、僕は主人公じゃない。


 そうだよな、お姉さん先輩が小さい頃から持ち続けた怒りを、ぽっと出の僕の怒りなんかで汚しちゃいけない。


 カッコイイ主人公ならお姉さん先輩の心ごと救うんだろうけど。


「でもありがとう」


 優しい言葉だ。僕は左手の拳を顔に出ないように本気で握る。


 サブキャラは主人公のようになれない。


 でもサポートぐらいは出来るだろうか? 今追われてるって言っても空奏の魔術師であるお姉さん先輩は僕より強い。


 お姉さん先輩ならアブノーマルなんか瞬殺だ。


「月夜先輩、昼飯でも食べます」


「いや、もう出ないと」


 僕も顔がバレてるので空奏の魔術師が家に来るだろうことは想像がつく。


「あっ、追っては次の日の朝まで来る事はないですよ。安心してください」


 お姉さん先輩が僕を見ながら動きが止まる。


 僕なんか変な事を言ったか?


「このマンションは僕の才能の範囲内なんで、朝まで見つかる事はないです。朝になったら持続時間が切れちゃうって事なんですけどね」


「日影君……まぁ、いいや。日影君がこう言う人って知ってるからね」


 僕はどう言う人なんだ。



 キッチンに行くとお姉さん先輩が軽いステップで後を着いてくる。


 冷蔵庫を見て献立を考えていると、お姉さん先輩が僕の肩をチョンチョンと指で押してくる。


 顔をお姉さん先輩に向けると。



「私が料理作っちゃってもいい?」



 いやここは僕の家であって、お姉さん先輩は大事なお客様だ。


「お願いいたします!」と、冷蔵庫をお姉さん先輩に明け渡した。


 前にお姉さん先輩の料理を食べれる機会があったのに冷蔵庫が空で料理を作って貰えなかった。


 それから冷蔵庫には沢山の食品が並べられるようになった。


 今回の冷蔵庫は完璧な筈だ。



 僕はソファーで待っててと言われたので大人しく待つ事にした。


 美少女と言ってもいい女の人に僕は手料理を作って貰える。こんなことは初めてだ。


 妹は例外で。


 料理してない僕の方が緊張している。


 フライパンで何かジュージューと焼く音が聞こえて香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


 まな板でトントントントンと何かを切ってる音が響いていた。


 これが新婚の家庭か! と僕は幻想を抱く。



 幻想を抱いて五時間。


 お姉さん先輩は料理を本格的に作っている。


 僕は昼ごはんと思ったのに夜ごはんシフトチェンジしそうだ。


 でも僕は待つ。


 お姉さん先輩の料理が食べれるなら何時間でも待つ所存だ。


「日影君ごめんね、もう出来るから。男の人に料理作ったの初めてなので凝りすぎたみたい」


 僕は大丈夫ですと伝えて皿を出しましょうか? と言ったら「全部私がやりたいの。ダメ?」と返って来た。


 ダメなわけない。


 ダメなわけない!


 ダメなわけない!!!


 大事な事だから心の中で三回言いました。



 お姉さん先輩がテーブルに運んで来たのはスープだ。


 匂いを嗅いでみるとトウモロコシの匂いがする。


 白っぽい黄色の色味でこれは間違えなくコーンスープだ。


 でも冷蔵庫にトウモロコシはなかった筈だけど……小さい事は気にしない。


 次はジュージュー言わせてる鉄板の上に乗ってる僕の顔ぐらいあるステーキが運ばれて来た。


 大迫力のステーキにゴクンと喉を鳴らす。


 ちなみに冷蔵庫にステーキはなかった。


 白飯は皿に盛っている、ライスだ。


 野菜の盛り合わせもドレッシングは市販の奴じゃなく薄い緑色のドレッシングで匂いを嗅いでも僕にはオシャレすぎて分からない。


 ナイフとフォークとスプーンは既にテーブルにセットされていて、最後にお姉さん先輩はジュースを持ってソファーに座る。


 僕にジュースを渡し乾杯をする。


 ジュースを一口煽ると。


 美味い! えっ? 薄い緑色でミックスされた果物なんだろうけど輪郭がない、どの果物なのか分からない。


 いやいや、果物なのか野菜? 頭が混乱しそうだ。


 いただきますを言った後、僕はサラダに目をつける。


 サラダもジュースと同じ色のドレッシングが掛かってる。


 サニーレタスとアボカドと人参と大根と水菜。


 サニーレタスにそれぞれの野菜を包んでドレッシングすくって口に放る。


 ジュース飲んでる時みたいにサラダを飲んでる感覚になる。


 みずみずしい野菜から出る水分がドレッシングと調和して野菜のジュースみたいだ。


 冷たい物を取って後は暖かい物。


 コーンスープを一口。ふぅ、と息が出るほどのクリーミーさ。


 じゃ、次はステーキ。


 ナイフを持って切り刻む! と意気込んだが驚く程にナイフは力を入れなくともスルっと入る。


 フォークで一切れ取ると口に頬張る。


 ナイフで切った時にはスルッと入ったのに歯で噛み切ろうとするとちゃんと弾力があり、僕は今まで食べた事はないような肉だ。


「月夜先輩! すごく美味いです」

  

「じゃあ私がずっと料理を作ろうかな」


 えっ? 食器を離し、お姉さん先輩に向き直る。


「いや! いいんですか!」


 これがずっと食べれるなんて最高じゃないか。


 僕はお姉さん先輩に真剣な目で頼み込む。



「お願いします』 」



「えっ!? えっ!?」


 お姉さん先輩はみるみる顔が真っ赤に染まり、煙を出しそうな勢いで倒れた。


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