第34話 可能性


「はい、次!」


 僕はお姉さん先輩に連れられて、政府に逆らう馬鹿どものアジトを殲滅して行っている。


 銃の発砲の音や、才能の余波が飛び交う中でも、臆せず突き進むお姉さん先輩。


 僕は物陰に隠れて様子を見ている状況だ。



 朝から『なにしよっかなぁ』と、呟いていたお姉さん先輩。


『そうだ! この辺に反逆者たちの拠点があったんだった。暇だし、そこを潰して回ろうか』


 すぐそこの観光地に行くようなノリで反逆者たちのアジトを潰そうかと、物騒な事を言い出した。そして僕は今の状況に陥ってしまった。


 アジトは転々としてるらしくサクサクとお姉さん先輩が一人で潰して行き、これで七軒目のお宅にお邪魔している。馬鹿でかい倉庫がアジトになりやすいらしい。お邪魔したお宅は全部馬鹿でかい倉庫だったからだ。


 政府に逆らうなんて馬鹿だと一般的な知識があれば小学生でも分かる。


 反逆者の願いなんて空奏の魔術師が現れれば、全て叶わず終わる。


 世界各地の最高戦力。空奏の魔術師を相手に逃げ切れる奴なんてこの世には居ない。


 お姉さん先輩を敵に回して逃げ切れる自身は僕にはない。


 ここも呆気なくカタがついてお姉さん先輩は笑顔で僕に駆け寄ってくる。


 戦場に咲く一輪の花とはこういうことを言うのだろうか。


 怖。



「さて、次が本拠地みたいだね。それなりの手練も居るかもしれないから自分の身は自分で守るように。怖いなら待ってる?」


 人差し指を立てて僕にお姉さん先輩は注意を促す。


「はい。じゃあ待ってるので行って来ていいですよ」


 コクっと首を縦に振って僕の答えに承諾したお姉さん先輩。


 お姉さん先輩は僕の肩にポンっと手を置いた、瞬間に景色が変わり、どこかでビリリリリリと、アラームがけたたましく音を立てる。


 遠くの方で「侵入者だ! 殺せぇ!」と、血の気が多い怒鳴り声が聞こえる。


 最初から連れてくるなら聞くなや!


 僕の能力は戦闘向きじゃないし隠れるしかない。


「これあげるね」


 僕の右の手首に腕輪をカチャリとはめるお姉さん先輩。


 これなんだ?


「じゃ!」


 お姉さん先輩は短く別れの言葉を残して、僕の目の前から消えた。



「どこだ! 殺してやる!」


 周りを見ればここはデカい倉庫のようだ。八件目のお宅も、これまでのお宅と変わらないが、潮の匂いがする。海に近いようだ。


 僕は近くにあるコンテナの後ろに隠れて息を殺す。


 見つかったら殺される。


 すると腕輪から大音量でピーと甲高い音が流れ出す。


 僕は心臓が止まり……死んだ。


 そんな暇無いのでその場を逃げる!


「待てやゴラァ!」


 後ろを目視で確認すると、何十人もの反逆者が僕を目掛けて走り出していた。


 腕輪を取ろうとしても外れない。


 追いつかれたら殺される。


 僕は必死で逃げる。


 なにこれ、僕がなにしたって言うんだよ!


 ピーとうるさい音を鳴らし、鳴り止まない腕輪に殺意を覚える。


 体力が尽きるのが先か、お姉さん先輩が殲滅してくれるのが先か。


 僕は思う、早く終わってくれと。






 ハァハァと息を切らせながら終わらない地獄を永遠と続ける。


 待ち伏せにあったり、才能で遠距離から攻撃されたり、後ろを見れば全然息を切らさずに着いてくる反逆者の人達。


 お姉さん先輩は苦戦してるのか? 全然助けが来ない。



 すると突然目の前のバカでかいシャッターが弾け飛ぶ。


 お姉さん先輩が制服が傷付きボロボロのエロい姿で登場した。


「予想外の強敵に油断しちゃった。このままじゃヤバいわね」


 僕を見て吐き出した声は本当に苦しそうだ。


 空間を圧縮した玉を僕の後ろへ投げると、僕を追ってきた連中がことごとく無力化されていった。


 ピーとなっていた腕輪が鳴っていないことに気づいく、お姉さん先輩の近くに居ると腕輪が鳴り止むのか?

 


「まだお若いようですが。そのお姿、貴方も空奏の魔術師のお仲間ですか」



 白いタキシード姿で余裕の笑みを浮かべ、シャッターの向こう側で僕に向かってお辞儀をする紳士。


 だが少しの違和感がある。


 どこかで見たことがあるような違和感。



「名乗り遅れました。私は元空奏の魔術師立花雷華たちばならいかと申します」



 あっ、だから見たことがあるのか。


 ……反逆者が空奏の魔術師とかヤバくね。


「先輩逃げましょう」


「無理よ」


 キッとした目付きで雷華を睨むお姉さん先輩。


「アイツは私よりも速い」


 鈍い音と共に目の前から先輩が消えると、遠くの方で大きな音が鳴り響く。


 目をやるとお姉さん先輩が壁に激突していて、地面にバタリと力なく倒れた。


「遊び半分で薮をつついてはいけません。貴方もそう思いませんか?」


 いつの間にか雷華は目の前に居て、僕に同意を求めてくる。



「私の雑用係に手を出したら、元仲間だったからって全力で殺しにいくわよ」



 いつの間にかお姉さん先輩が雷華の前に居て、雷華の顔の前で空間を圧縮した玉をすぐに放てる形で維持していた。


「ほう、野良猫のように誰にも興味を示さなかった月夜つくよが、今では何も役に立っていないこの男に入れ込んでいるのですか」


 面白い物を見せてもらいましたと続ける雷華。



「それではこの男を殺しましょうか」



 雷華が僕を両の眼で捉えると、僕の身体はピクリとも動かなくなる。


 蛇に睨まれたカエルのように、何時でも僕の命を奪えるだろう絶対の強者。


 雷華はお姉さん先輩が放った玉をサッと避ける。


「おっと、その前に月夜を動けなくしないとダメですね。雑魚は抗っても所詮雑魚ですが、それにかまけて相手に出来るほど月夜は弱くありませんからね」


 お姉さん先輩と雷華の二人が僕の目の前から消えると、倉庫が音を立てて、時間経過とともに段々と壊れていく。



 僕の目にはもう二人の戦いは見えてもいない。たまに雷華に視線が僕を貫く。


 お姉さん先輩と戦っているのに、僕すらその目で捉えているかように雷華は立ち回っている。


 僕の行動すらも読んでいる。これが元でも空奏の魔術師の実力か。




 常人の戦闘ではない。『共感覚ラビット』で、この空間の情報を共有しながら僕も戦闘にやっと追いついた。


 こんな状況では、ふぅ、と呼吸を整えるだけで精一杯だ。


「油断していた時のダメージが効いてきたようですね」


 お姉さん先輩が最初に受けたダメージが相当ヤバかったのだろう。


 防戦一方になってからは雷華の独壇場だった。


 お姉さん先輩の動きが止まって、膝をついている。


「応援を呼ばれても面倒なのでここら辺で終わらせますね」


 お姉さん先輩の前に立っている雷華の右手がバチバチッと、音を鳴らし放電する。人一人の命を簡単に終わらせる紫電の閃光が瞬く、音をしだいに大きく鳴って、放電も大きなり、雷華の最大の一撃が来るとわかる。


 お姉さん先輩は才能を使う力も残ってないのか、それをただ見ているだけだ。


 僕は『共感覚ラビット』で、情報も共有しながら何も出来ない。


 ヘタレな僕はお姉さん先輩の最後を見ないように目を瞑る。



「死んでください」



 そう言った雷華の声を耳にしながら、パシッと僕の左手に何かが収まった。



「おい、お前何してるんだ」



 僕は目を開けると雷華の最大の攻撃を平然と左手で受け止めていた。


 元空奏の魔術師の仮面が剥がれてんぞ。



「僕はただ雑魚なりに抗ってるだけですが?」



 さすがに相手は元とはいえ空奏の魔術師だ。


 ただの一般人の僕が勝てる可能性はない。


 お姉さん先輩は本当に厄介な所へ僕を連れてきてくれたな。


 僕は情報を共有して、共有して、共有して、共有して、共有して、共有すると、見える世界がガラス張りになった。そして周りのガラスに亀裂が入っていく。



「さぁ、行こうか」



 右手で指を鳴らすと、ガラガラと音を立てて。



「可能性の裏側へ」



 見える世界は砕け散った。


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