第35話 紫電


 最大の攻撃を無力化された雷華。


 僕に強大な一撃を止める才能はない。


 ただ受け止めるだけなら出来る。


 雷華はありえないと言うように目を見開いて、驚いたという表情を隠そうともしない。驚きが身体を支配し、次の行動に移れなくなっている。


 雷華の視界に映る無敵の僕は、余裕の表情で雷華の最大の一撃を左手で軽く受け止めている。そんな僕はどこにもいない。


 本物の僕は、周りから見れば酷く滑稽で、雷華の一撃を受け止めた左腕はだらんと力を無くし、左手から左胸まで焦げて真っ黒になっている。焦げ臭いにおいと、感覚のない左腕。痛覚はあるのか酷い激痛を我慢して、余裕顔を見せつけている。



 周りから見ればただ雷華が空中で最大の攻撃を自ら止めているように見えている。


 最大の一撃を止められた、という結果を生み出す為に左腕を犠牲にした。僕にはこれが限界だ。


 未来の僕のように世界の一部を切り取り書き換えるなんて芸当は無理だ。矛盾を成立させるなんて、それこそ無理だ。


 今、僕が出来ることは初見殺し。これに限る。


 初見殺し。それは現実に作用するほどに濃密な幻覚とでも言うのだろうか。


 この倉庫という世界の空間で、一人だけを騙す。



「先輩、僕が食い止めてるうちに逃げてください」


 僕の一言一言にノイズが走る。


 言い終わると、僕の右手首に着けられた腕輪のアラームがピーと鳴り出す。


 後ろに居たお姉さん先輩の気配が無くなる。僕は腕輪のアラームを叩いて止める。


 お姉さん先輩が助けを呼んで来る頃には……。


 もう終わってる。



 お姉さん先輩が消えたことに気づいた雷華はハッとなると、右手を戻し、僕から距離を取る。


「月夜と行かなくてよかったんですか? ここに残ったということはお前は確実に死にますよ」


「僕が先輩と話してたろうが、お前近くに居たのに聞こえてなかったの? 雑魚は僕に任せて、次のアジトに向かってくださいってお願いしてただろ」


 雷華は再度紫電を放つ拳で僕を殴りつけてくる、それを僕は後ろに飛んで回避する。


「早くその口を閉じないといけませんね」


 雷華の口角は上がっているが、目は笑っていなかった。



 何をやるにもまず結果がいる。


 避けたという結果。受け止めたという結果。


 結果すらも僕の才能で用意するという異次元なことを未来の僕していた。身体を貸した時に、一度体験した感覚だが、矛盾を作り出すなんて不可能。


 あの才能の使い方は馬鹿げている。


 その馬鹿げた事を今やらないと僕は死ぬんだろうな。


「今なんでお前は避けたんだ?」


 僕を見る雷華は立ち止まると、自分の拳を握り開くを繰り返す。


「受け止めると手が痛くてさ」


 軽口を言うと、雷華は動く。何度も僕に向かって拳を振るが、僕はそれを回避する。


 雷華に映る僕は余裕の顔でサラリと回避するが、現実は必死こいて逃げ回ってるだけだ。


 僕の弱点に気づいてなお、なぜか雷華は僕に付き合ってる。


 完全に遊ばれている。


 雷華一人に対して発動してる『共感覚ラビット』は、僕が創造している以上の事をやれば容易に抜けられるし、僕から距離を置けば才能の範囲外になってしまう。


 逃げられないように対象者には僕一人を残して世界は砕け散って見えている。


 僕だけに集中させる為だ。


「初見殺しのなかなかに面白い才能を見せてもらいました。が、お前のせいで月夜を取り逃したんですよね」


 雷華は身体中からビリビリと雷を放電させると、沢山あったコンテナが爆発する。


 脳がパンクしそうな情報量に僕は才能を切る。


「こんな無様な姿だったのですか」


 余裕な笑みの僕は消えて、逃げ惑う滑稽な僕の姿が雷華に映る。


 才能を切った僕には、才能を使った雷華の動きはもう見えない。


 完全に終わってしまった。



 都合良くこの世界は僕に力をくれてもいいと思う。


 目の前で紫電が瞬いた。今の僕に見えるのはそれぐらいだ。


 ここは戦場。


 ダメージを軽減するような細工は施されてもいない。手加減してくれるような相手じゃなく、詰みは本当に命が終わる。


 死を連想させる痛みが胸を焦がし、僕の身体は弾け飛んだ。




◇◇◇◇




 雷華は日影の胸を貫き、違和感と共に吐き捨てる。


「クソガキが!」


 日影が居た場所を睨みつけながら、戦闘が終わって現れた部下に命令を下した。


「拠点を変える。拠点移動後の最優先事項は今戦ってたガキを調べあげろ!」


「ですが今雷華様の手で始末したん……」


 部下は殺した相手をわざわざ調べるのはどうかと雷華に意見する。


 それが面白くなかったのか雷華は部下を睨みつける。


「お前も私を馬鹿にするのか」


 部下は初めて見た雷華の剣幕に押され、否定の言葉を流暢に並べ立てると拠点移動の準備に走った。


 そのすぐ後、雷の音を残して拠点は消失した。




◇◇◇◇




 病室で空奏の魔術師の専属医師に左腕に治療系の才能をかけて貰っていた。その治療中に僕は才能を切ってお姉さん先輩に負けた事を伝える。


「先輩、僕死にました」


 お姉さん先輩と僕はベッドに並んで治療を受けている。


「今回はしょうがないわよ。元空奏の魔術師がテロに加担していた情報と拠点を見つけただけでも御の字よ。油断して致命傷受けた私にも落ち度はあるから」


 僕はそこに居るという結果だけを残して、僕はお姉さん先輩と一緒に逃げた。


 え? あんな所に一人で残るとか馬鹿なんですか?



「はい、お大事に」


「「ありがとうございます」」


 治療が終わり、専属医師は病室から出た。


 左胸から左手の先まで重症だったらしいが、さすが空奏の魔術師専属の医師の治療だ。痛みはだいぶ感じなくなった。


「でも敵の前で、『死にたくないのでさっさと連れて帰ってください』って言われるとは思わなかった」


 どこぞの主人公でもあるまいし、勝てない勝負に命を掛けるほど僕は強くない。


「やっぱり貴方を連れて行って正解だったわ」


 いや、僕は置いて行って欲しかったんですが。


「ピンチになれば強敵を倒して戦果を上げてくるってカッコイイ方法じゃないけど、必ず助けてくれるとは思ってた」


 お姉さん先輩は僕のことを買い被りすぎたと思わずにはいられない。


「ただ雷華は執念深いから確実に日影君の事を第一ターゲットにするでしょうね」


 ……男に狙われるとかどんな拷問だよ。


 それよりもお姉さん先輩が僕の名前を!


「私の治療が終わったら次は何処の拠点を潰しに行きましょうか」


 まだやるの?


「こんなの日常茶飯事よ」


 こんな危険な事を学業をしながらお姉さん先輩は続けて来たのか。


 凄い人だな。


 でも僕は痛いのは嫌だ。


 横になっていた先輩はクイクイっと僕を呼ぶ。僕はベッドから立ち上がり、お姉さん先輩の所まで行く。


「大きな声では言えないから、もっと近づいて」


 僕は先輩に顔を寄せると甘い匂いが鼻をくすぐる。


 そしてスっと起き上がった先輩は僕の唇を奪う。


 甘い香りと柔らかな余韻を残し、ペロリと下を出す妖艶なお姉さん先輩。


 僕は目を見開いて固まったまま動けなくなってしまった。



「私がピンチになったらまた助けてよね日影君」



 お姉さん先輩は顔を布団に隠す。だけど隠れ切れていない耳は真っ赤に染まっていた。


 凄く可愛いかった。

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