第32話 願い


 空中に展開されたスクリーンには戦闘のピックアップシーンが映し出されていた。


 僕は大量に買い込んだ焼き鳥を食べながら緑山さんとスクリーンを眺める。


「未来の僕と今の僕って違う所ある?」


 緑山さんに尋ねると困ったような顔をしながら空に視線を逸らす。


 そして僕に視線を戻した。


「一緒だよ」


 一緒なのか。


 あれだけ強い力を手に入れて、僕のような一般人とは違うような気がしたが。


 僕はスクリーンに視線を移す。模擬戦争の対抗戦や空奏の魔術師達の戦闘シーンがあって、食い入るように魅入る。


 白、赤、黒、ピンク、黄、青、白、黒、白、白。


 色とりどりの才能が何色にも輝きながら発現されていく。


 僕はそれを見逃さない。


 未来の僕のように強くなる為に。



「青空君? 真剣に見たら下着を見てもバレないと思ってるの?」


 ビクッと肩を揺らしてスクリーンから視線を逸らす。


 他にどこを見る所があるんだ。



「本当に貴方は変わらないんだね」




 スクッと緑山さんはベンチから立ち上がって、用事があると僕を残して去っていった。


 取り残された僕は焼き鳥を頬張る。


「保健室に居ないから探したわよ!」


 聞き覚えのある声に視線を合わせると赤星さんが僕に駆け寄って来て、行くわよ! と、強引に僕の腕を引っ張って行く。


 何処に行くのか聞いても返事はため息で返ってきた。




 引っ張られて向かった先には大きくて広い会場。


 一年から三年の全生徒がいるんじゃないかと思う。その全生徒が僕を見ながら拍手を送ってくる。


 この状況に困惑して赤星さんに視線を送る。


「模擬戦争の対抗戦での優勝者。空奏の魔術師に勝ったMVP。これだけの事をしたんだからあんたがこのパーティーの主役でしょ」


 パンっと背中を叩かれ前に出ると、僕が歩く度に歓声や拍手が大きくなる。


 人気者ってこういう事を言うんだろうか。


 僕の為に道が開かれて前方には白井さん、黒川、紫之宮がいた。


 そして豪華な料理がテーブルの端から端まで敷き詰められていた。


 豪華な料理を目の前に僕は焼き鳥を頬張る。


 こんな大勢の人に祝って貰う事なんて、僕の人生で初めてで、これも緑山さんと会わなかったら実現しなかった事なのかもしれない。


 最初は小さい事だった頼み事が、こんなに大袈裟な事になるなんて思いもしなかった。


 僕はそんなに大した人間じゃないと思ってしまう。


 でも僕は貰える物は貰う派です。


 焼き鳥を置いて、僕は豪華な料理に食らいつく。


 行儀よくなんて別にいいよね? 僕はMVPでパーティーの主役でしょ。


 ステーキ肉じゃんじゃん持ってこい!




◇◇◇◇




 用事と言って日影くんと別れた私を待っていたのは。


「もういいのか?」


 空奏の魔術師の人達。


「はい」


「そうか、悪いな俺が不甲斐ないばかりに」


「貴方は悪くありません。未来に起こらなかった事の前倒しをするだけなので」


 空奏の魔術師達が私の周りを囲む。


「最後に何かあるか? 何でも言ってくれ」


 未来から記憶を移した直後にえんさんは私の所にやってきた。


 私のわがままを聞いてくれて炎さんは私の心の準備が出来るまで待ってくれていた。


 それだけでありがたいことだけど、最後に一つだけ。


「私の存在は消えるので心配はいらないと思いますが、青空日影君は私と関わらない未来では空奏の魔術師になって、優秀な成績を残していくと思います。私の刑は公開されずに歴史から消してください」


 その場の全員が頷く。



「これより空奏の魔術師の炎が、緑山日向の刑、執行に移る」




 空間を移動すると大広間に転移した。


 くちゃくちゃとした音だけが周りにこだまする。



「待ってたよ、君が俺と同じアブノーマルスキルの所持者の女の子だって?」



 私は姿勢を正し怯えるでもなく目の前の男を見通す。


「へぇ、今から食われるってのに随分気の座った女だな」


 すると男は空奏の魔術師達に目線をやる。


「邪魔だから出ていけよ犬共」


「クラウン様、それは出来ません。私達は彼女を最後まで見送る義務がありますので」


 炎さんはクラウンを睨みつけながら言葉を返す。


「ふ〜ん、やめたやめた! 今日はもう食べるの終わり! お前は覚えておけよ、報告するからな」


「それではまた気が向いた時に刑の執行を致しますね」


 炎さんはクラウンにお辞儀して、私を連れて空奏の魔術師達と一緒に部屋から出ていく。



 扉が閉まりだし、クラウンは声を出す。


「一ヶ月後だ。次は俺の気が変わらないように用心しろよ」


「かしこまりました」



 扉が閉まるとその扉は音もなく、スっと消えた。何処かに転移したのだ。



 空奏の魔術師達は私を連れて、煌びやかで豪華な部屋に案内する。


「この部屋は好きに使ってくれ。食事にも困ることは無い」


 そう言うと炎さんは私を残して部屋を出た。



 私はというと、命が終わる覚悟はとうに出来ていた。


 手を胸の前で組んで願う物は。



『どうかこの世界の貴方は何者にも囚われずに自由で、そして反逆者なんて者じゃなく、貴方が憧れた空奏の魔術師としての夢を叶える事を願っています』


 心残りと言えば。



「空奏の魔術師になった貴方を見れない事かな」



 カッコイイんだろうな。


 それを見れないのは私の中での大きな、凄く大きな後悔だ。


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