第24話 下克上


「今なら負けましたって降参すれば見逃してやるよ。痛いのは嫌だろ? 先輩」


 大口を叩いた僕に先輩の視線が厳しく刺さる。


「へぇ、面白い」


 先輩が一言口にした瞬間。



 僕の全身から波打つように痛みが走る。


 一瞬で何十人にも殴られ蹴られた後のように全身がミシミシと悲鳴を上げる。


 嗚咽を吐き、身体から急に力が抜けるとストンと、地面に膝をつけた。


 あぁ、僕はここで死ぬのかな。



 気持ち悪い気分と薄れる視界で先輩を見上げる。


 先輩は一歩も動いていないが、ニコニコしている顔が引きつって見える。


「少しだけカチンときちゃったからさ。さっきの言葉を撤回したらあの子達みたいに楽に気絶させてあげるんだけどな」


 力の差は才能の差。


 ノーマルスキルの僕にはこの無様な姿がお似合いだろう。


 地面を這いずる虫のようにただ楽に殺してくださいと願えばいい。


 そんな簡単なことじゃないか。


 痛いのは嫌だ。


 指を動かすだけでも全身が伝染したかのように痛みが連鎖する。


 泣きそうになる。


 僕は息を整えながら命乞いをする。



「口の……口の利き方、に気を、つけろよ」



 何重にも鈍い音が響く。


 僕はいつの間にか空中に舞い、地面に足をつけることもなく、身体中、縦横無尽に痛みが走る。


 気絶しそうな程の痛みだが、先輩はわざと痛みを分からせる範囲で僕をいたぶってるんだろう。


 歯を食いしばり永遠と続く痛みに耐えて、先輩のサンドバッグを続ける。


 骨はミシミシと音を立て、僕の悲鳴は鈍い音と共に掠れて消える。


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。


 何往復と脳内で反復する痛いの羅列。





 どのくらい空中に留まっていたかは分からないが、地面にドサリと身体が沈んだ。


 呼吸も覚束無いままに目だけを先輩に向ける。


「ねぇ、勝てない事ぐらいわかるよね? 私は空奏の魔術師なんだよ。口の利き方に気をつけるのはどっちかな?」


 ほら、僕は頑張っただろ。


 もういいじゃないか。


 僕は言わなければダメだ。


 渾身の力を込めて言葉を発する。



「せん、ぱい。パンツ、見えて、ますよ」



 僕はドヤ顔で言い放った。黒のレースはエロいっす。


 カッコつけてた先輩は、僕の冷静な指摘にクールを気取っていた顔が真っ赤に染まる。


 すると先輩の背後に黒い霧が現れた。


 先輩に向かった黒い霧、寸前の所で先輩はそれを避けると、黒い霧は僕の前に現れて声をかけてくる。



「ごめん、少し寝てた」


 黒川は僕に謝ると先輩に向き直る。


 遅れてきてカッコつけるなんて、これだから主人公は困る。


「さすが私の見込んだ一年生。私の詰めが少し甘かったみたい」


 先輩は先程の事が無かったかのように黒川に対してクールを気取る。


「パンツ」


 僕はボソッと呟く。


 すると破裂音のような弾ける音が響いた。


 先輩の右腕ストレートのパンチを黒川が僕の寸前の所で受け止めていた。


「俺の事を無視しないでくださいよ」


「ごめんね、君よりまずこの子の口を閉じさせて」


 先輩怖い。


 先輩は距離を取り僕を睨みつける。



「青空君、キミは分かってるだろ? 紫之宮君と白井さんは今戦闘不能で俺と青空君しかいない。そして俺一人じゃ先輩には勝てない」


 何が言いたいんだ?


「青空君の力が必要なんだ。助けて欲しい」


 僕に背を向けて助けてと言う黒川。


 僕は何も出来ないぞ?


 こんな重傷者に無理を言うなよ。



「足でまといの彼に発破をかけたって無駄だよ。彼を見捨てて君一人で掛かってきた方が効率的」



 そうだぞ。先輩の言う通りだ!


 黒川がフフっと笑みを零した。


「これが終わったら最高級ステーキ」


 何を言ってるんだ?


 続けて黒川は口にする。



「一週間毎日奢る」



 僕は黒川の隣に瞬時に立つ。



「その言葉忘れんなよ」


「あぁ」



 僕は黒川の口車に乗ることにする。


 僕は黒川に方に向けて、腕を出す。


 黒川も僕の方に腕を出すと、黒川の拳と僕の拳が合わさった。


開発限解放スキルアジャスト


 僕は制服の上から黒い服を羽織り、両手から黒い霧を出現させる。


 全身が痛みで悲鳴を上げるのは変わらない。


 僕はヨダレを拭う。


「これは私も本気を出さないとダメかも」


 先輩の目の色が変わる。


「黒川、空奏の魔術師様が本気出すって言ってんぞ。勝てるわけないだろ」


「俺も青空君と一緒じゃなかったら、青空君と全く一緒のことを思っていたよ」


 黒川の僕の評価、高すぎじゃないか?


 そんなことは今は良い。


 僕の才能は長くは持たない。



「「下克上と行きますか」」



 思ってる事は一緒のようで黒川と声が重なる。


 僕と黒川は先輩に向かって一歩踏み出した。


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