第25話 モブキャラ
先輩は地面を蹴り空へと舞う。
そんなんありかよと悪態をつきながら黒川に視線を送る。
黒川は黒い霧の余韻を足元に残して、それを踏み台にしながら先輩に向かって飛んでいく。
黒川も人間業とは思えない動きだ。
黒川の感覚を共有しながら僕も同じように空中に黒い霧を出し、それを踏んで空を駆ける。
先輩の動きは何枚かの写真を組み合わせたようにコマ送りで再生される。
細かな『空間操作』の才能で、黒川の『
先輩は僕達を見下ろしながら両手を広げて、グッと両手の拳を握る。
拳を広げると、透明な丸い玉が両手に一つづつ現れた。
その丸い玉を透かして見える空の色はぐにゃりとねじ曲げられ、透明なはずの玉はここにあると主張する。
左手の玉をスっと廃墟のビルに投げてぶつけると、その空間に人一人入りそうな大穴ができた。
支えを失ったビルはバランスが崩れて崩壊を始めた。
ガラガラとうるさい崩壊音と共に、手のひらサイズの玉の威力に戦慄する。
殺す気ですか?
「ごめんね。私は本気出すと手加減出来ないの」
黒川が先輩に突っ込む。だが、黒川のパンチは先輩には届かずに空を切る。
先輩は黒川の特攻を子供のようにあしらうと僕に視線を向ける。
「貴方は死んでいいからね」
……えっ? 僕なにかした?
黒川もあの玉の危険性に危惧してか、何度も突っ込むほど馬鹿じゃないらしい。
僕は全てがスローモーションな世界で、黒い霧を足元に起きながら先輩にとっとっとと生意気にも近づいていく。
先輩は凄いな。
同じこの才能を持つ黒川すらもおいてけぼりにするほどに限界まで才能のレベルを上げている。僕以外の時間の流れを限界まで遅く、僕自身の時間の流れを限界まで速くしてるのにも関わらず、先輩は華麗に動く。
僕の速度に合わせるかのように動いて、隙を見せない。
先輩は僕のレベルの遥か上にいる。ということはレベル5の放界者。
放界のレベルは異次元なんだなと、思い知らされる。さすが現役の空奏の魔術師だ。
そして先輩を追っている内に気づく、たくさんの透明な玉が周りを囲んでいることに。
玉が連鎖して僕の周りで膨張を始める。
あっ……死んだ。
玉と僕が触れる瞬間にペタッと何かが張り付いた。
玉が消えるとパリンと音が鳴る。
下を見下ろすと紫之宮がペっと唾を吐き出し「よそ見すんなボケ!」と怒声を浴びせてきた。
白井さんもその怒声を聞いて目が覚めたみたいだ。
時間操作の範囲外にいる紫之宮には目で僕達を追えるのか。
だが僕も最大にギアを上げてもう余裕がない。
主人公の黒川には悪いが、この瞬間はモブキャラの僕に出番を譲ってもらおうか。
黒川に視線を送ると、黒川は笑顔で才能を解いて見せる。
僕を信じすぎなんじゃないですかね。
先輩は目を見開きながら僕と距離を取っていく。
何かに勘づいたようだが遅い。
頑張りどころだと痛々しい身体にムチを打って、先輩を追う。
白井さんがアルテミスの才能で眩い程の光を纏う矢を射出する。
だが『
ほっとしたのか先輩は僕に透明な玉をスっと軽く投げる。
シールドは追いつかないだろう。
僕は黒い霧を左手に集めてその玉を握る。
膨張していく玉を力任せに握り潰すと目を見開く先輩にドヤ顔で魅せつける。
僕はモブキャラだ。
そして長年ハブられてた僕が、矢の一本をハブるくらい造作もない。
才能の範囲内にあった光の矢は先輩目掛けて加速する。
一度は切り捨てた可能性が予想外な所からくると、ただダメージを貰っただけとは違う。精神的にもより深く刺さる。
矢が先輩に深々と刺さると明らかに僕に向かって怒気が含まれた視線を送られる。
熱烈な眼差しはありがたいが、精一杯の僕はこれまでだ。
僕は倒れるように力を抜いて、空中から背中を預けるように地上に落ちる。
僕は落ちていく途中に呟く。
「なぁ主人公、カッコよく決めてくれよ」
「どっちがだよ」
黒い霧を拳に纏わせた黒川が僕と入れ替わるように先輩に向かう。
深々とした傷を負った先輩は先程のスピードは出せないようだ。
黒川が拳を振り上げ、それを先輩の腹から振りぬき地面に向かって先輩を殴り落とす。
主人公って女の人に容赦ないのも特権だよな。と、僕は一人考えながら地面の痛さに耐えられるのか不安になってくる。
情けないが痛いものは痛い。
目を瞑り衝撃に耐える準備をしているとバサリと僕を柔らかな物が包む。
白井さんが僕をキャッチしてくれたようだ。
力強い! 華奢な腕なのによくキャッチしてくれたな。
白井さんを見ると泣きながら僕に抱きついてくる。
柔らかな余韻を楽し……全身凄く痛いが僕はこの苦痛を甘んじて受けよう。
「あぁこんなにボロボロになって、空奏の魔術師が情けないよ」
埃を払いながら立ち上がる先輩に本当に人間かと疑ってしまう。
僕はもう戦える状態じゃない。
ここまでやって勝てないならもう本当に帰りたい。
「君と君と練ちゃんは合格」
えっ! と驚く三人を見ながら、僕を包む柔らかな感触は消え、バタンと地面に降ろされる。
めちゃくちゃ地面硬いし痛い。
三人は光に包まれてスっと消えていった。
なにこの公開処刑は。
……僕一人だけ残されたんだが。
「私はこの学園でずっと圧勝してるし、空奏の魔術師だから勝者を決める特権があるんだよね」
じゃあ僕達のクラスはもう勝利したということか。
なら後は簡単だ。
「降参します」
僕の言葉が鍵になり光に包まれる。
「その降参を取り消します」
光が無くなる。
えっ? 先輩なにがしたいんですか?
僕の降参を取り消して、先輩は僕の方へ歩いて来た。
すぐに僕の近くまで来た先輩は倒れてる僕にしゃがんで顔を近づけて来る。
流石にここでスカートを凝視してる僕には触れてこないようだ。
サービスタイムですね!
そして先輩の顔がめちゃくちゃ近い。
僕に近づいて耳を澄さないと聞こえないぐらいの声で。
「貴方、変な匂いがする」
美女から変な匂いがすると言われるだと。
メンタルも削ってくる作戦とはやるな!
「貴方が目の色を変えてから流れが変わったのは明白なの。諦める状況で全然諦めなかったのも貴方。貴方がいなければこの可能性はなかった」
僕はただ無謀にも負けたくなかっただけで、だから歯をくいしばって意地を貫いただけ。
鼻で吹き飛ばせる程の安いプライドを掲げて、期待なんかされた事がない僕は、僕なんかに期待してくれた人達に何かを返したかったんだ。
そう、僕はただの一般人にすぎない。
「僕を倒せるぐらいになって出直してこい」
先輩は僕から顔を離して笑う。
「そうする。貴方と話せて良かった。もちろん貴方も合格よ」
僕は光に包まれて転移する中、目の前が真っ暗になり我慢していた痛みで気絶した。
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