第18話 共有世界


 白井さんと別れた後、教室に行くと対抗戦の話を誰もしようとしない。誰に決まったかは知りたいものだが、教えてくれる友人はいない。


 白井さんが推薦したって、僕に決まったはずはない……ないよな?


 いつも通り僕に挨拶をしてくれる人は緑山さんだけだったが、緑山さんは僕と会った瞬間から何故か不機嫌なオーラを放ち始めたのだ。


 僕はボッチだから人が出すオーラには敏感です。



 ウトウトしてたら授業が始まっていた。


 昨日の夜は赤星さんの事でムラムラしていた僕はあまり寝ていない。そのおかげか寝不足でとても眠い。


 でも授業に集中しないといけない。


 チェックマークを入れる僕はバタンと音を立てて机に寝そべり。


 おやすみなさい。と、眠りについた。





 周りの人達は意味の分からない言語を喋っている。


 僕は息を切らしながら逃げている。


 誰から?


 嫌な感情だ。


 僕は何度も呟く。


「ごめん」と。


 不意に腹を抑えていた手を視認すると、ベッタリとした血が付いていて、痛みはない。


 夢だからか?


 僕は誰の、誰の目からこの世界を見てるんだ?


「もう少しなんだ」


 呟く声は……確かに僕の声だ。


 そんな事に気を取られていると目の前の地面が音を立てて破裂する。


 街中にクレーターを作り、クレーターの中央には一人の人物が目を血走らせて僕を見ていた。


「手こずらせやがって!」


 白と金の装飾が施された制服。その制服でその人物が何者なのか知らしめる。



 僕の憧れる空奏の魔術師。その人だ。



 僕なら間抜けな声を上げて振り返って逃げてるだろうが、この夢の中の僕は逃げる素振りも見せようとしない。


「おいおい、鬼ごっこはもう済んだのか? 次は見失うなよ」


 血塗れの手を余裕に手放し、真面目な空気に水を差す。


 これが僕?


共有世界アシッドリンク


 その瞬間景色が彩りを得る。


 街中から森へ、草原へ、海の中へ。


 宇宙のように僕はどこに立っているのかも分からなくなる。


 全てが反転したような世界で僕は逆さまになり、彼を見上げる。


 僕を置いていくほどの情報の濁流。


 これは僕の才能だ。


 だけど全てにおいて次元が違う。僕はレベル5の放界者の次元に至っている……いや、これはそれ以上の次元。


 放界以上なんてあるのか?



 息が詰まる状況でふっと溜息をこぼす、彼は地面を蹴り僕の目の前に瞬時に迫る。


 目と鼻の先に現れたかのようにみえた彼は爆音を鳴らしながら炎を纏う拳を振り上げる。


 炎が渦巻くと痛みを感じないはずのこの世界でも熱いと感じてしまう程の熱量を持っている。


 振り抜いた拳は僕に当たることはなく、突如として現れた亀裂に飲まれる。


 不安定な世界はボロボロとガラスが割れるように崩れていく。


「お前のノーマルスキルは『共感覚ラビット』だったよな!」


 彼は悪態を付きながら自分の顔を燃え盛る炎の拳で殴る。


 僕は舌打ちをしながら景色が戻った街中で距離をとる。


「俺はもうノーマルスキルを笑わない。可能性を見せてみろよあの時みたいに……だからちゃんと戦え! 俺達空奏の魔術師をコケにする技はもう使うんじゃねぇ」


 真剣な眼差し。


 僕はそんな彼を見下し笑う。


「そんなに見つめるなよ、消えたくなるだろ」



 ハッとした彼は僕を鬼の形相で睨みながら瞬時に距離を詰めて拳を振るう。



「クソがァァァ!!!」



 僕の見る景色が変わる。


 ここはビルの屋上? 僕は先程までいた場所を見下ろしている。


 彼は僕が居なくなった事に気付いたのか雄叫びを上げながら探し回っている。


「何が可能性だよ」


 屋上の激しい風に煽られながら僕は腹部を手で抑えて蹲る。


「熱烈なストーカーはこりごりだな。君も僕のファン?」


「あら? 気づいてたのですか?」


 僕の頬に寸止めされたナイフ。


 後ろから僕の命を狩ろうとしてたのか!


「命が惜しければ居場所を教えろだろ? 何度も聞けば覚えるって」


「話が早くて助かりますね」


 また視点が変わる。


 僕のように蹲ってる女。そして僕はナイフを彼女の頬に突きつけていた。


「状況が逆転したけど、君は僕に何を教えてくれるの?」


「反逆者の能力は聞いてはいましたが、ノーマルスキルの『共感覚ラビット』なのに、これ程までの使い手ですか。フッ……私が何を言っても他の空奏の魔術師達みたいに殺すのでしょ」



「話が早くて助かる」



 僕はナイフを振り抜くと屋上を鮮明な血の色で塗り潰す。


 痛みを感じてない僕は生々しい感触だけ手に残る。





 目を開けるとガタンと机を蹴飛ばして僕は地面に倒れる。


 息を切らしながら手が尋常じゃなく震えている。


 辺りを見渡すと教室で、僕は戻ってこれたらしい。


 なんだアレ、なんだアレ、なんだアレ。


 夢にしても笑えない悪夢だった。


 何? 授業中に寝てた罰? 何それ怖い。


 僕を見つめる視線の中、平静を装って机を直し椅子に腰掛ける。


 まだ手の震えが収まってない。


 緑山さんは「大丈夫?」と小声で心配してくれた。


 何故か不機嫌なオーラが無くなっていたが、本当に心配してくれてるんだろう。


 僕は昨日の赤星さんと今日の白井さんを思い出して、ムラムラしながら癒される事にした。


 緑山さんを見るとまた不機嫌そうなオーラを放ち始めた。


 僕は感受性は豊かな方です!


 僕は妄想をやめることにしたのだった。


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