第17話 憂鬱


 生意気にも断りを告げた僕は、唐突に白井さんの手を振り切ると走って逃げた。


 バシッと手を掴まれる。何故僕の動きが!


「あれ? 言ってませんでした? 私、人の心を読む才能があるのですよ」


 知ってた。


「逃がさないですよ」


 念を押されてしまった。


 もう逃げないよ。


 マンションの裏路地をチラッと視界に映す。


「なら、今考えてる逃走ルートは使わないで下さいね」


 心を読むって便利だな。



「さぁ学校に行きましょうか。そうです! 二人っきりの時にお話ししておきたいことがあったんです」


 真剣な顔で僕を見る白井さん。


「緑山さんでしたか? 日影様の前の席に座っている女の人です」


「僕の前の席の人は緑山さんで合ってるよ」


 緑山さんはいつも笑顔で明るい美少女だ。


 僕に毎朝おはようと言ってくる。


 僕の視線に気づくと、おしとやかに小さく手を振ってくる。


 そんな女子今までいたか? いや、いないですね。



「考えも読めないですし、異質な雰囲気があります。緑山さんには気をつけた方がいいです」



 緑山さんは少し頭が痛い残念な子なだけで、それを差し引いてもお釣りが来るほど人当たりがいいと思う。


 でも白井さんの才能が効かない?


 緑山さんはノーマルスキルだよな? 


 ミステリアスな女性だ。


 緑山さんの何に気をつけるんだ?


「それは私にもわからないです。彼女の秘密を探りたくてお世話役に任命しようとしたのですが、日影様に止められてしまいましたし」


 僕には関係の無いことだ。


 今は美少女との登校デートを楽しむ事にする。


「デート……そ、そうですね。学校に行かないと」


 白井さんは顔を逸らして僕の手を引く。


 スタスタと前を行く白井さん。


 白井さんが油断してる? ここで手を振り切って逃げ……。


「何で逃げれないって分かってるのに逃げようとするんですか?」


「その思っていることが分かる系統の力って何処まで分かるの?」


 僕は疑問に思っていた事を聞いてみた。


「万能ってわけでは無いですが、意識している相手の心の声を読んでいると言った方がいいですね」


「文字が浮き出てくるの?」


「文字が浮き出ると言うよりも、私の中に入ってくるという方が近いです」


 意識していれば僕を見ていない状態でもいいのか。


 便利だな。


 そして美少女の心の中に僕の声が意識しなくても入っていくっていう響きは、少しエロい。


「誰でもというわけじゃないのですよ」


 慌てた素振りを見せる白井さん。


「一気に人の心を読むと意識を失う事もありますし」


 白井さんも才能で苦労する事があるのかな。


 戦闘中でもないのに僕の事をずっと意識してる白井さんを想像すると可愛いな。


「……は、早く行きましょう」


 ボフッと顔を真っ赤に染めた白井さんに連れられて早足で僕は学校に向かった。





「ここまで来たら逃げられないでしょう」と、僕を校門に置き去りにして白井さんは学校に入って行ってしまった。


 どうしてかな? 僕はここで毎度置き去りにされるというのはデフォルトで決まってるのだろうか。


 一緒に教室に行って、仲良いところをクラスメイトに見せびらかしても良いんだよ。


 その姿を想像してみると、白井さんに迷惑が掛かりそうだと思った。モブキャラの僕の思考は間違ってはないだろう。


 人気者の僕は今日も今日とて、憂鬱な一日が始まる。


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