第10話 空奏の魔術師候補生


 今日も今日とて楽しい学校生活を満喫している。


 評価テストを終えて、黒川の顔面に一発食らわした謎の人物がこのクラスにいると話題だが、誰も僕とは思わない。


 黒川……バラしてくれてもいいんだよ? 


 自分から堂々とは言い難いだろ。少しは察してくれよ。


 黒川と赤星さんは教室では一切僕と喋る気はないようだし、バラす気もないようだ。


 べ、別に黒川に勝ったわけではないし、自慢する程でもないが……チヤホヤはされたいだろうが!



 いざチヤホヤされた自分を想像する。


『見直したよ! 黒川君に攻撃を当てるだなんて!』


『へ、へへ』


『凄いぜ! え〜と、名前、名前。う〜ん、お前名前は?』


『ハハ……』


 受け答え出来ず、キョドる僕の姿がそこにはあった。



 それより僕の想像のボキャブラリーの少なさよ。


 見直したって何? 馬鹿にしてんの?


 名前知らないって何? 人気者どこいった?


 僕を唆した悪女は目の前の席で友達と談笑中。


 緑山さんは僕の学校生活をエンジョイさせたいと言ってたな。


 緑山さんは楽しめてるんだろうか? 


 友達と楽しそうに喋る君の笑顔は本物なの? 


 余計なお世話か。


 僕の視線に気づいてか、緑山さんは胸の前で小さく手を振ってきた。


 可愛い。


 何その仕草。


 僕は視線をそらす。



 ガラガラと教室の扉が開き、朝のホームルームより少し早く教師が入場してくる。


 騒がしかったクラスは静かになり、皆んなはスっと自分の席に戻って行った。


 教師は全員が席に座った事を確認すると。


「このクラスに転校生が来る事になった」


 この時期に転校生?


 目の前の席の緑山さんの肩がビクッと跳ねて、身体は少し震えている。


 僕は周りの小さな反応でも気づく方だと思うが、緑山さんの反応は何かに怯えているようだ。


 何に怯えているんだ?



 教師の入っていいぞの掛け声で、ガラガラと再度教室の扉が開く。


 立ち振る舞いが優雅で、どこか品がある綺麗な顔立ちのイケメン君。


「空奏の魔術師候補生。白井練しらいれんです」


 キャーと教室の女子達から黄色い悲鳴が上がる。白井は名乗ると教室の全体を見渡した。


「俺より強い人はいなさそうですね」


 そう言えばこの優雅イケメンの顔は見た事あるな。街中で見かけるウェブモニター。


 ウェブモニターは空中に飛び交うモニターで、候補生の写真付きで大々的に宣伝されてたな。


 なんでこの学校にこんな奴がくるんだ?


 ここもエリートを排出してる学校だからか?


 刃向かったらどんな制裁を受けるか分からない。僕は今後も日影で生きる事にする。


 関わったらロクな事がない。



「それじゃ空奏の魔術師候補生の権利で、身の回りの世話を誰にやってもらおうかな」



 随分強気な態度だな。


 だがそれが許されるのは候補生としての特権か。


 黒川も特待生で、ある程度の横暴が効く権利があるのにも関わらず、誰にもそんな要求はしてないしな。


 指名されたらたまっともんじゃない! 


 僕じゃない事を祈る。


 白井は僕のいる方向へ歩いて来る。


 そして僕の目の前で立ち止まった。


「君に決めた。これからよろしくお願いしますね」


 肩をポンっと叩かれた緑山さん。


 僕じゃない事に安心する。



「……はい」



 緑山さんは小さな声で返事をした。


「聞こえないな? もしかして嫌なの? 俺に指名されたら笑顔で『はい』って言うしか選択肢はないよね」


 ほら立てと急かされて、緑山さんは立ち上がり、微かに震える身体を抑えて無理に作ったような笑みを貼り付ける。


 最初に出会った時には想像する事も無かったような緑山さんの表情。



「緑山日向は候補生の奉仕をさせてもらう事を光栄に思います」



 僕は女の子のこんな顔が見たかったのか? 


 僕の学校生活をエンジョイさせたいと言った彼女に辛い思いをさせるのか?


 これから僕がやるのは余計なお世話なのかもしれない。


 僕は立ち上がり、緑山さんの肩に乗っている汚い手を払い除ける。



「白井には悪いけどその誘い、僕が断るよ」



「ん? 俺が誰か分かってんのか!」


 白井は取り繕った優雅な雰囲気が崩れ、怒鳴り散らす。


「分かってるよ、ただの候補生だろ?」


「それが分かってるなら退け、もうそいつは俺の女だ」


 俺の女? 虫唾が走る。


「緑山さんを所有物にするような奴に、彼女を預ける訳にはいかない」


「俺は強い。だから許されるんだよ」


 何を言ってるんだ?


 空奏の魔術師の候補生かなんだか知らないが。


 要は。



「僕がお前より強ければいいんだろ?」



 さぁ、下克上を始めようか。


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