第6話 テレポート


 さてまずは煙草を持ってくる奴なんていない。このクラスは三十人。


 教師の目線を見ると、僕と赤星さん以外にも、チラチラと様子を伺うような素振りを見せる。


 スキルキャンセラーの切り替えタイミングは十分後。


 僕の能力は使えない。


 能力を制限するフィルムでコーティングされた煙草を、鞄の下に敷き詰めるようにテレポートさせる。


 教師が犯人かはまだ分からないが、レベル3の限界者以上の能力者である事には違いない。間違えなく教師だろ。


 まぁ生徒は教師の能力が分からない。


 教える立場の教師には僕たちの能力は筒抜けだが。


 今回落とすターゲットにされたのは間違えなく、ノーマルスキルの所持者だと思う。


 退学にするならレアスキルを持ってないノーマルスキルの僕を弾くのは当然か。


 スキルのレベルは5段階あって、『開発』『発現』『限界』『解放』『放界』の順で能力の強さが上がっていく。


 レアスキルを育てる事は国の重要な教育の一つで、学校はさっさと僕のような使えない奴を落として、開発段階のレアスキルを効率良く育てたいんだろうという思惑は分かる。


 学校の都合で落としたら学校の株が下がるが、成績が悪い、煙草の所持などの理由で落とすのは話が違う、当たり前だ。


 だが落とされるわけにはいかないんだよ。僕は『空奏の魔術師』になって、沢山稼いで、沢山の恩を返さないといけないんだから。



 昼休みの騒動で外に行っていたクラスメイトが帰ってくる。そこには緑山さんも入っていた。


 緑山さんが前の席に座る。鞄を机の上に置いて、スっと僕の方に振り向いた。


 そして僕に鞄の中身を見せると、鞄の底に煙草のカートンが二つ、僕と同じように入っていた。


 緑山さんは口に手をあて、口を開ける。


「お願い。バレないように、皆んなを助けて」


 緑山さんの声のボリュームは小さく、僕以外に言っている様子じゃない。


 なんで僕が? と思ったが、緑山さんはスっと前を向いてしまった。


 僕一人が助かるかも分からないようなそんな状況で、皆んなを助ける? そんなの無理に決まってるだろ。


 皆んなということは、このクラスにいるノーマルスキルの所持者たちのことだ。



 可愛い同級生の女の子から助けてとお願いされる。そんなこと今までの人生で一度もなかったな。


 けど、そんな事で僕は浮かれたりしない。



 スーハーと、深呼吸する。


 ドクンドクンと心臓の音がやけにうるさい。僕は席から立ち上がると、声を上げた。



「助かりたい奴は手を上げろ!」



 可愛い女の子には見栄を張りたいお年頃なのです。


 教師はまたお前かと僕を睨みつけた瞬間に緑山さんはスっと手を上げる。


 僕の声に教室中がざわめく。そりゃ鞄に変な物が入っていない奴らは呑気なもんだよな。


 教室をぐるりと見渡して席に着く。


 赤星さんを見ると悔しそうに歯を食いしばりながら、手を机の上に出していた。


 ここで終わりたくない人が僕を含めて八人。


 教師は「手を下げろ!」と怒鳴り狂い、「まずお前からだ」と早足で近づいてきた。


 

 能力が使えない状況なら、使える状態までレベルを引き上げればいいと思わないか?



開発限解放スキルアジャスト



 情報を共有するというノーマルスキルを最大限まで高める。


 長くは持たない。


 スキルキャンセラーに抗って能力の発動。


 手を上げた七人の鞄の中身の情報を共有させる。


 教師が僕の鞄に手を掛けると、僕は教師の手の上に手を置いて、教師のここまでの数分間の記憶と能力を共有させて貰う。


 教師はこの教室に来る前に煙草を僕たちの鞄にテレポートさせていた。


 犯人は僕が思った通り教師で、空間系のレアスキルの『テレポート』を持ってるみたいだ。


 僕の能力で出来るのはここまで。


「お前が煙草を持ってる事は知ってるんだよ!」


 僕の手を振りほどいて鞄を覗き込む教師。その瞬間に僕は教師から共有して貰った『テレポート』を解放する。


「煙草がない!」


 教師は慌てた口調で「ない、ない」と言いながら僕の鞄を隅々とあさる。


 教師から貰った煙草を、全て教師の机に戻し終えた所で僕の能力は切れる。


 ぐったりとした僕を見ながら教師は僕を諦めて他の生徒の鞄もあさるが、煙草が見当たらない事に苛立ちを見せた。



 全員を見て回ると僕を見下ろす。


「おい青空……お前何をした!」


「煙草がない事に喜ぶべきでは? 先生は変な噂を流した人を注意してくださいね」


「そういう事じゃねぇんだよ!」


 バンッ! と僕の机を叩く教師。


「何もやってないですよ」

 

「だ、か、ら……」


 僕は教師の言葉を遮る。


「証拠はありますか? というかなんで僕が煙草を持っていると思ったんですかね?」


「それは」


 モゴモゴと歯切れの悪い教師。



 舌打ちをしながら教師は僕を見下す。


「何度も上手くいくと思うなよ」


 そんな捨て台詞を吐きながら教室から出ていった。


 関係ない人には関係ないんだろう。僕に感謝して来たのは緑山さんだけだった。


 あぁ、ボッチサイコー!



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