第10話

その日の午後の仕事は、半日の休みをもらった。

まだ有休はつかないけれど、事情を話したら上司が(半日の休日出勤でチャラ)と許可をくれたのだ。

いい上司に恵まれた。

昼食を済ませた後に、職場の近くの和菓子屋で手土産を買った。

前もって聞いておいた、母親が好きなお菓子を選んだのは、もちろんだ。

約束の時間5分前に彼女の家に着き、チャイムを押す。

ピンポーンという響きに、奥のほうで『は~い』と声が聞こえた。

そして玄関のドアを彼女が開けてくれた。

うん。

今日もかわいい。

「いらっしゃいませ。どうぞ中へ」

自宅なのに、よそいきの挨拶をする彼女が、妙に新鮮に思える。

 

手土産の紙袋を彼女に渡して、靴を脱いで用意してあったスリッパをはく。

彼女がかがんで、脱いだ靴をそろえて向きをかえてくれた。

そしてどうぞと、応接間らしい和室に案内してくれた。

彼女がふすまが開くと、母親らしい中年の女性と、兄さんらしいオレと同年配の男性がいた。

二人そろって、俺のほうに顔を向ける。

「こんにちは。はじめまして」

オレは、二人に向かって挨拶の言葉をかけた。

彼女が二人にオレを、『いまお付き合いさせていただいている人』と紹介してくれた。

 

「お疲れのところ、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」

母親が座布団を勧めてくれたのに応えて、スリッパを脱いで一歩中にはいる。

「あ!」

となりで小さな声がして、彼女がオレの足を見ている。

なんたる失態!靴下に穴が開いていたとは!!

こっそり家族の様子をうかがうと、靴下の穴には気づかないふりをしてくれるらしい。

ニコニコと笑っている。

彼女の母親が淹れてくれたお茶と、オレが持ってきた和菓子で卓をかこむ。

もちろん、最初は出会いの話から。

二人は『そんな馬鹿げた話』ではないでしょう?とオレに聞いてきた。

「いえ、オレたちの出会いは、彼女の話のとおりです」

そう答えると、ふたりは感心したような、納得したような顔になった。

彼女がくらった『大爆笑』とは違うリアクションだ。

彼女の話がウソではなかったことに安心したのか、場の雰囲気は、さらに和やかなものになった。

そうして4人で他愛ない世間話をしているうちに、しみじみといった感じで彼女の兄さんが言った。

「兄のおれがいうのもなんだけど、こいつみたいな奴に、君みたいな人がおつきあいしてくれてるなんて信じられないよ」

それに呼応するように母親が言う。

「ほんとに。こんなさわやかで素敵な好青年が、うちの子みたいな娘と、ねえ」

ふたりとも自分の台詞に納得したように(うんうん)とうなずいている。

横目でこっそり彼女をうかがうと、二人の自分への評価が不服なのか、ほっぺたを膨らませて口をとがらせている。

 

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