第43話 村雨、お疲れ様

「試合を終わります! 礼!」


 球審の声で、決勝を戦った両者ナインが頭を下げた。

 慎吾も頭を下げてから上げると、目の前に洋平がやって来る。

 

「ナイスピッチ、慎吾」


 晴れ晴れとした顔で、洋平は握手を求めてきた。

 慎吾は応じた。


「ありがとう、洋平」

「でも、まさかノーヒットノーランされるとはな。恥かかせやがって、この」


 冗談っぽく脇腹を小突いてから、洋平は一転して真面目な顔になる。


「あんまり月並みなことは言いたくないけど……甲子園、頼むぞ」

「うん、頼まれた」

「……よし。じゃ、負け犬は帰るわ。翔平も頑張れよ」

「あ、ああ」


 慎吾の目を見て頷くと、最後に弟に一言残し、洋平はあっさり帰っていった。

 泣いている他の選手の肩を抱きながら。


「やっぱプロ注目の選手となると違うな。負けたのにあんな爽やかなのか」


 二人のやり取りを横で見ていた猿田が、感心したような声をあげる。

 慎吾は猿田の方を見ずに答えた。


「まあ、洋平は人一倍負けず嫌いだから」

「……それ、答えになってなくね?」

「……」

「おーい、村雨さん?」


 慎吾は最後まで答えなかった。


 一方、試合の決着を最後まで見ていた者が、外野席に二人。


「結局、ノーヒットノーランか。つまんねえ」

「まあ、青嵐に負けた俺たちとしては、こういう結果で良かったんじゃないか?」


 吐き捨てるように言う松本に、阿久津が応じた。

 松本がぐりんと阿久津の方を向くと、鋭く睨みを効かせる。


「何言ってんだ、お前。負けた相手に託すとか、そんなだせえことできるわけねえだろ。はー、とにかく大会が終わって良かった良かった。これで青嵐の連中にはもう惑わされることなく、自分のことに集中できるぜ」

「そんなこと言って、どうせ甲子園もガッツリ見るつもりなんだろ?」

「……なわけねーだろ、死ね」


 松本は最後にもうひと睨み効かせると、席を立った。

 阿久津を置いて、すたすたと球場を出る。

 松本のそんな態度になれていた阿久津は、


(こいつほんと分かりやすいなー)


 心の中で笑いながら、松本について球場を出た。


* * *


「よっしゃー、マジで甲子園だぜ! ヤバくね!? 俺たち」

「ああ、なんつーか……実感湧かねえ」


 校歌を歌い終え、観客席に挨拶した後。

 多くの報道陣やファンを掻い潜り、青嵐の野球部員たちはようやくバスに乗り込んだ。ある意味、試合中より試合後の方が疲れた。

 やはり甲子園行きが決まったとなると、周囲の雑音が一気に大きくなる。


 しかし、そこは皆高校生。

 疲れなど忘れたかのように、バスの中では異様なテンションではしゃいでいた。

 これも甲子園への切符を手にした嬉しさの現れだろう。


 出発間際、最後に依田と芽衣がバスへ入ってきた。


「ちょっとみんな、うるさいから!」


 今度は芽衣がそう注意しつつ、バスの中を見渡す。

 ふと芽衣は、慎吾が見当たらないことに気付いた。


「あれ? 村雨は?」

「……さあ?」

「そういやいないな、どこ行ったんだろう」

「また報道陣に捕まってんじゃないか? あいつ大人気だったし」


 肝心の主役がいないにも関わらず、誰もそのことに気付いてなかったようだ。

 とぼけたように顔を見合わせる部員たちを見ていて、芽衣は頭が痛くなった。


「さあ、じゃないでしょ……村雨がいないのは、一番まずいじゃん……」


 額に手をやってから、芽衣はスマホを取り出してLIMEでメッセージを送る。

 既読が中々付かないので、今度は電話をかけた。

 それでも、慎吾からの応答はない。


「監督、ちょっと村雨探してきます」

「俺も行くか?」

「いえ、監督はここでみんなを見張っててください。……福尾、サル。あんたら副キャプテンでしょ。村雨探すの手伝ってよ」

「分かった」


 福尾が言うと、猿田は無言で頷く。

 二人を連れてバスを降りた芽衣は、スタジアムの選手用入口から事情を説明して入ると、3人で手分けして球場内を探すことにした。


 手当たり次第に色んな場所を捜索していると、芽衣は男子更衣室に辿り着いた。

 一瞬入るのをためらってから、辺りを見回した。

 誰も芽衣のことを見ていない。慎吾がいるなら、多分ここだ。


「村雨、いる? 大丈夫?」


 意を決して、芽衣は更衣室内に声をかけた。

 呼びかけに対する応答はない。ますます不安が募る。


 恐る恐る中へ入ってゆく。

 すると、ロッカーに寄り掛かってぐっすり寝ている慎吾が視界に入った。

 下半身はユニフォームのまま。

 上半身はアンダーシャツの上に、脱いだユニフォームを肩に掛けた状態だ。


「何やってんの、風邪引くでしょ」


 呆れ混じりだが、芽衣の声音は優しい。

 起こそうかとも思ったが、もう少し慎吾の寝顔を見ていたかった。

 とりあえず猿田たちに報告するか、とスマホを取り出そうとして、


「あっ、その前に」


 出しかけたスマホをしまい、芽衣は再びきょろきょろと辺りを見回す。

 改めて誰もいないのを確認すると、そっと慎吾の体を抱きしめた。


「村雨、お疲れ様」


 相変わらず、慎吾はぐっすり寝たままだ。 


「……流石にちょっと、汗臭いかも」

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