第39話 これでまだ分からない、そうだよな?

Team 123456789 R H E

青嵐  00000001  160

山吹  0000000   000


* * *


 その裏、今度は山吹実業がチャンスを迎えた。

 

 ノーヒットノーランを意識したのか、少しリズムが乱れたのだろう。

 慎吾は先頭の5番・北村にフォアボールを与えてしまう。


 その後6番に犠打を決められ、1アウト2塁とピンチを迎えるも、7番の小川を三振に切ってとり2アウト。8番の柳原をセカンドゴロに打ち取った——と思いきや、セカンドの二岡がファンブルをしてしまい、2アウト1・3塁となる。


 形だけ見れば、8回表の青嵐の攻撃と全く同じ様相を呈していた。

 何となく嫌な予感を覚えた福尾が、タイムを取ってマウンドへ向かう。

 依田も同じことを考えていたのか、祐川を伝令に送ってきた。


「悪い、大事な場面で」

「本当だよ、このヘタクソ」


 マウンドへ来て開口一番謝る二岡の頭を、石塚が軽く叩いた。


「普通そんなこと言うか? こっちはマジで落ち込んでんのに」


 二岡がいじけたように言うと、内野陣が皆笑う。

 ひとまずみんなまだ大丈夫そうだな、と福尾は安心した。


 ただ、一番肝心なのは慎吾。

 彼が今のエラーに動揺しているようならまずい、と慎吾の様子を窺うと——。


「良いよ、まだ同点にはなってないから」

「じゃあ、もしこの回同点になったら、怒るってことか?」

「それは……怒るかも」

「おい、そこは否定してくれよー」


 どうやら冗談を言う余裕すらあるようだ。

 空気が徐々に良くなりつつあったその時、石塚が電光掲示板を見ながら爆弾を投げ入れた。


「つーかよく見たら、今村雨ってノーヒットノーラン中なのな」

「「「……」」」


(知ってるよ! 知ってるけど気を遣って、わざわざ言わないようにしてたんだよ! それをお前は、台無しにしやがって!)


 皆が無言で、しらーっとした目を石塚に向ける。

「え? 何? 俺なんかまずいこと言った?」と石塚がきょろきょろと他の選手の様子を窺っていると、不意に慎吾がぷっと吹き出した。

 彼の笑いが伝染するように、皆も笑う。


「いや、石塚はそれでいい。ありがとう、教えてくれて」

「お、おう。ならいいんだけどよ」


 慎吾が言うと、それを真に受けた石塚が得意げに鼻をさすった。

 石塚の行動は読めないが、今回は結果的に良い方向に作用したようである。

 福尾はほっと胸を撫で下ろした。


 その後軽く状況確認をした後、タイムが終了した。

 福尾はホームへ戻り、ミットを構える。

 左打席には、9番の原が入ってきた。

 初球、インコースへのストレートを要求すると、早速原が手を出してきた。


 打球がセカンド正面に転がる。

 今度は二岡が危なげなく処理し、ファーストへ送球。

 8回表とは対照的に、山吹実業の攻撃は無得点に終わった。


(今のボール……まさか、わざとセカンドに打たせたんじゃないだろうな)


 福尾は一瞬そう疑った。

 でも、この状況でそれはあり得ない、とすぐに思い直す。二岡にリベンジしてもらうにしても、もっとプレッシャーのかからない場面で普通はやるはずだ。


 とにかく、流れはこちらにある。

 相手の攻撃はあと1回。油断さえしなければ——。


(甲子園、か)


 今まで、途轍もなく遠くにあると思っていた。

 しかし、いつの間にか手の届くところに来てしまっている。

 改めてそのことに気づき、福尾は驚いた。


* * *


 9回表も、青嵐はチャンスを作った。

 この回先頭の慎吾は凡退したものの、翔平がツーベースヒットで出塁。

 さらに5番の福尾がフォアボール。

 敬遠以外では今日の試合初の四球を、柳原は出してしまった。

 

 そして、1アウト1・2塁。

 この場面で打席に立つのは、6番の猿田だ。


「ここで追加点が入れば、文字通りとどめになるな」


 松本の呟きに、「だな」と阿久津は同意した。

 終盤に入ってから、柳原のボールは徐々に捉えられ始めている。

 追加点が入る可能性は高い、と二人とも見ていた。


 山吹実業のバッテリーは、明らかに併殺を狙っていた。

 初球からツーシームやカットボールで攻めるも、猿田の方でもそれを分かっているのか、簡単には手を出さない。

 結果、1ボール2ストライクと猿田を追い込むことに成功した。


 セットポジションからの第4球。

 ここでも柳原は、ツーシームを投じた。

 追い込まれていたので、流石に猿田も手を出す。


 しかしこの球は、変化が小さ過ぎたのだろう。

 バットの芯を外しきれず、鋭いゴロが柳原の足元を襲った。


(っ!? どうする!?)


 柳原はグラブを嵌めた左手を伸ばしかけ——その手を引っ込めた。

 なぜそう判断したのかは、自分でもよく分からない。

 ただ、二遊間への信頼などという、綺麗な言葉で表現できるものではなかったことだけは確かだ。動物的な勘が働いた、と言った方が近いかもしれない。

 

 そして、柳原の勘は、今回の場合彼にとって良い方向に働いた。


(頼む、抜けてくれ!)


 猿田の祈りは通じたかに見えた。

 抜ける——猿田がそう確信する間際、視界の右側から山吹実業セカンドの原が姿を現す。原にとっては先ほどの回、チャンスで凡退した雪辱を果たすチャンスだ。


「舐めんなよっ!」


 原は飛びついてボールを掴んだ。

 2塁のベースカバーに入っていた洋平へ、グラブトスでボールを渡す。

 洋平は流れるような動作でファーストへ転送し、バッターランナーの猿田が一塁を踏む前に、ファーストミットにボールが収まった。


 僅かな間の後、一塁審がアウトを宣告した。

 見事なゲッツープレーに、観客が湧く。抜けていれば追加点の入る恐れがあったこの場面で、まさにチームを救うスーパープレーだった。


「これでまだ分からない、そうだよな?」


 阿久津は松本に同意を求めた。

「可能性の話をするならな」と松本は限定的に同意した。


 もちろん、阿久津も9分9厘は青嵐が勝つと思っている。

 それほど今日の慎吾の投球は素晴らしい。

 しかし……今の守備で、仮に山吹実業側に流れがきたとすれば——。


 まだもう一波乱あるのではないか。

 彼の捕手としての勘が、そう告げていた。

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