第36話 取れれば、の話だけどな

Team 1 R H  E

青嵐  0 0 0 0

山吹  0 0 0 0


* * *


 2回、3回は両者三者凡退が続き、あっという間に4回へ入った。

 4回表の青嵐の攻撃は、1番バッターの石塚から。

 つまり青嵐は、ここまでただの一人もランナーを出せていない。


「山吹の柳原ってのも、けっこう良いピッチャーだよな」


 外野席で試合を見守っていた阿久津が言った。

 隣で試合を見ていた松本が顔を歪める。


「ああいうの、お前みたいな性格悪いキャッチャーは好きそうだよな。コントロール良いから、リードしやすいし」

「……まあ、大体合ってるけど、性格悪いは余計だろ」

「褒めてんだよ、俺はこれでも」


 松本は鼻を鳴らすと、柳原に目を戻した。


(絶対褒めてないだろ……)

 

 内心ではそう思いつつも、阿久津は仕方なく黙る。

 石塚が左打席に立ち、プレイがかかった。


「……あいつの投球スタイルは、恐らく俺や村雨とは違う」


 カウントが1ボール1ストライクまで進んだところで、松本がぽつりと呟いた。

 松本の投球論に興味が湧いた阿久津は、試合を見ながらも続くを促す。


「と言うと?」

「俺や村雨は、バッターとの勝負に心血を注ぐタイプだ。極端な話、守備やランナーはどうでも良いとすら思ってる。もちろん、どうでも良くはないがな。あくまで感覚の話だ。でも、柳原はそうじゃない」

「完璧主義か、そうでないかみたいな話か?」

「いや、というより——」


 二人が話す最中、石塚がレフト前ヒットで出塁した。

 両チームを通じての初ヒットに、青嵐側のスタンドが湧く。


「まあ、見ていれば分かる」


 松本はそれだけ言うと、再び黙りこくった。

 阿久津もグラウンドに目を移した。


* * *


(バントか、まあそうだよな)


 ノーアウト走者1塁。

 初めて先頭打者出塁を許した危険な場面、青嵐の2番打者・二岡はバントの構えを見せた。予想通りの光景に眉一つ動かさず、柳原は捕手のサインに頷く。


 初球、インコースへのストレートを投じた。

 投げ終えるとほぼ同時に、チャージをかけてバッターにプレッシャーを送る。

 ボールだと思ったのか、バッターはバットを引いて見送った。

 しかし、球審はストライクをコールする。


 2球目、今度ほぼ同じコースへシュートを投じた。

 今度はバッターもバットを引かず、鈍い金属音がする。

 打球が一塁線とマウンドのちょうど中間辺りに転がった。

 普通ならバント成功となるはずの打球だ。


 だが、柳原は既に猛チャージをかけている。

 フィールディングには自信があるうえ、バント処理の練習など数えきれないほどやっているのだ。この程度なら余裕で2塁で刺せる自信があった。


(俺を、舐めんなよっ!)


 柳原はボールを捕球すると、迷いなく2塁へ送球した。

 2塁のベースカバーに入ったショートの洋平が捕球すると、これまた流れるような動きで一塁へ転送する。


「ヒズアウッ!」


 二岡がセーフを願うも虚しく、一塁審はアウトを宣告。

 見事な併殺の完成に、山吹実業側のベンチが湧く。

 味方の動きを見ていた柳原は雄叫びを上げた。


(たとえいくらランナーを出そうと、投球内容で相手に負けていようと……ホームさえ踏ませなければ勝てるゲームなんだよ、野球ってスポーツは!)


* * *


「な、見てたら何となく分かったろ?」


 慎吾が三振に倒れて3アウトとなった後。

 松本の言葉に、阿久津は頷いた。


 つまり、柳原というピッチャーは器用なのだ。

 投球自体はそれほど圧倒的ではないが、ピッチングそのもの以外の全てにおいて優れているので、総合的に見るとかなり優秀な投手という評価になる。

 支配的な投球で相手を圧倒する、慎吾や松本とは異なるタイプの好投手だ。


 松本が続ける。


「あの手のピッチャーに強力な守備陣《バック》が付けば、それこそ鬼に金棒だろうな」

「そして山吹には、幸いにもその強力なバックがいる、と」

「そういうこった」


 松本が頷く。

 彼の視線の先では、慎吾がマウンドへ向かっているところだった。


「柳原があの調子なら、村雨から1点でも取れば、面白い試合になるかもな」


 今度は阿久津が言った。


「取れれば、の話だけどな」


 いかにも取れないと思ってそうな調子で、松本が答える。


「何だよ。試合が始まるまでは、晴山がいれば5分5分って言ってたのに」

「始まってみて、そうじゃないなと思っただけだ。今日の村雨は、高校生が攻略するには少し厳し過ぎる」

「……そんなに良いか?」


 阿久津は首を傾げた。

 3回までノーヒットピッチングとはいえ、ここまで慎吾の奪った三振は二つ。

 たった今先頭打者を内野ゴロで打ち取ったのをみても、いつもの圧倒的な感じは見られない。


「あれはまだ、力配分する余裕があるだけだ。余裕がなくなれば、もっと三振が増えるだろうな」

「……ちょっと待て。普通、逆じゃないか?」

「いや、逆じゃない。今の村雨は多分、延長を見据えているんだ。だから三振を狙わず、少ない球数で打ち取りにいってる。三振ってのは、球数を使うからな」

「……でも、延長って。まだ4回だぞ?」

「そこは相手ピッチャーの出来を見て、じゃないか。柳原の調子が思ったより良いから、早い回から延長を覚悟せざるを得なくなったってわけだ」

「……」


 そんな高度なことをできるピッチャーがいるものか、と阿久津は思った。


 もちろん、打ち取りにいくというだけなら、柳原も同じことをしている。

 しかし、最初から打ち取ることしかできないのと、三振を取れるがあえて打ち取りにいくのとでは、レベルが一段階違う。


 しかも、前者は青嵐という普通の公立に毛が生えたレベルの打線を相手にしていて、後者は甲子園レベルの強豪相手だ。ちょっと考えれば、とんでもないことだということくらいは分かる。


「ほら、その証拠に——」


 考えに耽る阿久津を、松本の言葉が現実へ引き戻した。 

 釣られて阿久津がグラウンドを見る。

 山吹実業の3番・橋下が三振してベンチへ帰るところだった。


「クリーンナップ相手には三振を取りにいった。力配分する余裕がないからな」

「……いや、でも山吹相手に、まさかそんなこと」

「そう思うのも無理はないが、多分晴山相手にも、あいつは三振を狙いにいくぞ。断言してもいい」


 松本が言ったそばから、洋平が左打席に入る。

 そして——。


「嘘だろ……」


 阿久津の視線の先で、洋平が空振り三振した。

 それも、一球も遊び球無しでの3球勝負で、である。


「今日のあいつから点を取るなら、初回が唯一のチャンスだったかもな。……少なくとも今のところ、やつに綻びは見えない」

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