第30話 この回点取れなかったら交代な
Team 12345 R H E
青嵐 01103 570
相模商 00001 170
* * *
相模商業高校、5回裏の攻撃。
0アウト1・3塁という状況で、4番の大塚が左打席に入る。
福尾は初球、アウトコースへのスライダーのサインを出した。
猿田は頷き、第一球を投じた。
スライダーを大塚が空振りし、1ストライク。
2・3球目も同じ球を外角に投じた。
2球目がボール、3球目が空振りで、1ボール2ストライクと相手を追い込む。
そこで、福尾から出されたサインは——。
(……まあ、そうだよな)
猿田は冷静に頷くと、再び同じコースにスライダーを投じた。
全く合う素振りもなく大塚は空振りし、これで三振。
1アウト1・3塁と、状況を好転させることに成功した。
とはいえ、ピンチには変わりない。
5番打者の佐藤が右打席に入ると、猿田は再び気を引き締める。
右打者は左打者に比べて苦手だ。
慎重にいかなければならないが、かと言って臆病過ぎてもいけない。
幸いこの打席は、運よく2球目のストレートを打ち損じてくれた。
そこそこ球足の速いゴロがショートの石塚の元へ飛ぶと、石塚が危なげなく処理し4・6・3のゲッツー完成。相模商業の攻撃を1点止まりに抑える。
6回表に入ると、相模商業が投手を交代した。
先発の山本と、レフトの佐藤のポジションを入れ替える。
その佐藤の立ち上がり、青嵐は四球で走者こそ出したものの、無得点に終わってしまった。
その裏、猿田は先頭打者の山本に2ベースヒットを許す。
0アウト走者2塁で、7番の松下が左打席に立った。
(またバントの構えはなし、か)
恐らくバントはないだろう、と思いつつ猿田は投げた。
3球目のストレートを松下が引っ張り、打球はセカンド正面へ。
結果的に進塁打となり、1アウト3塁と再びピンチを迎えた。
そして——。
「これを刺すのは厳しいか」
レフトへ飛んだ大飛球を見て、猿田は呟く。
佐宗が何とか追いついてノーバウンドで捕球したものの、タッチアップする3塁ランナーを刺すには到底間に合わなかった。
悠々と3塁ランナーがホームインし、5対2と点差が縮まる。
「そろそろ潮時じゃないか、俺」
いくら慎吾を温存したいとはいえ、限界があるんじゃなかろうか。
猿田はそう踏んでいた。
しかし、依田が猿田を変える素振りはまだない。
7回表の青嵐の攻撃は、慎吾が2ベースヒットで出塁したものの無得点。
裏の守りでは、猿田は先頭打者の1番・池田こそ抑えたものの、続く2番の水野に再びヒットを浴びる。
さらに3番の尾崎を三振に切って取った後、4番の大塚にフォアボール。
5番の佐藤にセンター前へのタイムリーヒットを許し、5対3となった。
6番の山本を抑えて1失点に抑えたものの、ここまで球数は114球。
百球以上放ったことはあるので、物凄く疲れているというわけではない。
ただ、相手打線がそろそろ4巡する上、点差はたったの2。
自分には荷が重い、と猿田は顔で監督の依田に訴えた。
「うーん……じゃあ、この回点取れなかったら交代な」
監督の依田は言った。
依田としては、できれば今日は慎吾を使いたくない。
だからと言って、5回戦で内容の悪かった翔平に任せるのも危険。
猿田に最後まで投げて欲しいので、もしこの回点差を広げられなければ交代、という条件を出したのだ。
猿田は6番で、この回は5番の福尾から。
(よっしゃ、今回の打席は絶対凡退してやるぞ)
そう決意し、ネクストバッターズサークルに向かう。
猿田の期待通り福尾が三振に倒れ、まもなく打席が回ってきた。
猿田としては、この回点を取れなければ慎吾に交代できる。
2点差の残り2イニングで慎吾が投げればまず間違いなく勝てるのだから、自分が凡退するのは負けには繋がらない。なので全くやる気なしに、打席に立った。
ところが、その初球。
6回から変わった相手投手の佐藤が、あろうことかど真ん中に甘いボールを放ってきた。しかも変化球が抜けたのか、ボールに全く力がない。
(うわっ、打ちてえ!)
思わず猿田のバットが出た。
やる気がない分余計なことを考えなかったのが相乗効果を生んだのか、力みのない綺麗なスイングでボールへアプローチ。
バットの真芯で捉えた打球は、左中間を大きく割った。
結局、滑り込むことなく2塁に到達する。
(やばいな、なんか打っちゃったよ。……とは言え、ここからは下位打線だし、俺がホームへ帰ることもまあないだろうな)
猿田はそう踏んでいた。
そして、7番の三村が凡退するまでは彼の予想通りに進んでいた。
これで2アウト走者2塁。
8番の佐宗が凡退すれば自分は無事お役御免となり、その佐宗はここまで3打数ノーヒット。普通に考えれば、凡退する可能性の方が高かったが——。
(なんでこういう時だけ打つかな!)
佐宗のバットが、相手投手のスライダーをうまく捉えた。
打球はセカンドの頭上を越え、センター前へ向かう。
流石にチームメイトがヒットを打った以上、猿田に手を抜くという考えはない。
3塁ベースを蹴る間際、腕をブンブン回すコーチャーを見て、クソッと思いながら全速力で駆けた。
ホームでは次打者の9番・中井が「スライ! スライ!」と叫んでいる。
指示通り、猿田は回り込んでホームベースに滑り込んだ。
わずかに遅れて相手捕手のタッチが来る。
一部始終を見ていた球審が「セーフ! セーフ!」と腕を横に広げた。
「ナイスラン、猿田! お前なんだかんだ言って、よっぽど投げたかったんだなあ」
ホームへ戻ると、依田が嬉しそうに猿田の尻を叩く。
猿田はうまく笑えなかった。
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