第29話 お前らもう、好きに打て

Team  123 R H E

青嵐  011 230

相模商 000 030


* * *


 4回は両チーム0点に終わり、5回表に試合が動いた。

 青嵐の攻撃は9番・1番と凡退して2アウトになった後、2番の二岡がライト前ヒットで出塁すると、3番の慎吾がフォアボールを選ぶ。

 そして、4番打者・翔平の第3打席。


「いったな、これ」


 監督の依田がぼそりと呟く中、打球はレフトスタンドに吸い込まれ、スリーランホームランとなる。膠着した試合展開を突き崩すこの3点は、青嵐にとって大きかった。そしてもちろん、対戦相手にとっても——。


(0対5……。まずい、まずいぞ。伝統ある我が校が、青嵐などというよく分からない学校に大敗すれば、またOB連中に色々言われかねない)


 相模原商業野球部監督・高梨は、試合展開を顔を青くして見守っていた。


 夏の大会で勝ち上がるうえで、打撃力は必至。

 そう思った高梨は、就任当初からウェイトトレーニングを重視した。


 しかし、かつてバント野球で県内を制したOBたちからの猛反発を受け、采配を振るう際にはどうしても保守的にならざるを得なかったのだ。おかげで打撃のチームを標榜しながら、バントを多用する中途半端な野球に終始していた。


 だが、5点差もついてしまえばそうも言っていられない。

 点差が少ないうちにバントで1点ずつ返すのは、悪い采配ではないが、この点差でバントをするのは、逆にセオリーを無視することになるからだ。


 高梨は青い顔で考えた結果、決断を下した。

 5回表が終わり、裏の相模原商業の攻撃に入る前のことだ。


「とりあえず、次の回からレフトの佐藤がピッチャーな。ピッチャーの山本がレフト。あとは……まあ、いいか。お前らもう、好きに打て」

「「「はいっ!!!」」」


 高梨の投げやりな指示に、選手たちは待ってましたとばかりに返事をした。

 舌なめずりしながらマウンド上で投球練習する猿田を見る。この回からちょうど打順も3巡目。自分たちの目で見た生の情報が貯まり、猿田の投球は既にある程度分かっている。


「5点差か……みんな、いけるな?」

「そのくらいならひっくり返せるだろ。まだ5回も残ってるんだから」


 主将の松下が皆の顔を見回すと、4番打者の大塚が業務連絡のように言う。

 相模原商業の選手たちの顔には自信がみなぎっていた。

 彼らもここまで勝ち上がってきただけあって、簡単に諦めたりはしない。


「絶対勝つぞ!」


 松下が笑顔で言うと、「「「ようしっ!」」」とチームメイトが応じた。


* * *


(急に気合い入ってんなー)


 一方、マウンド上の猿田は、相模原商業のベンチ前の様子を呑気に見ていた。

 点差が大きいので、相手の空気に呑まれたりはしない。

 ただ、なんとなく嫌な予感がするとは思っていた。


 投球練習が終わり、1番打者の池田が打席に入る。

 ここまで2打数2安打の池田は、この打席もライト前ヒットを放った。


(嫌なやつだなー、この1番バッター。まあ、どうせ次はバントなんだろうけど……って、何!?)


 早速バントの構えを見せる2番・水野への初球。

 バントをさせてやるつもりでど真ん中に投げた猿田のボールを、バットを引いた水野が真芯で弾き返した。


 打球はショートの頭を超え、そのまま左中間を抜けてゆく。

 その間に一塁ランナーはホームへ生還し、バッターランナーは2塁に到達した。

 早速点差が4に縮まる。


「ターイム!」


 球審がタイムを宣告すると、福尾はマウンドへ駆け寄った。


「向こうは攻め方を変えてきたみたいだな。もう、必ずバントしてくるとは思わない方が良い」

「ああ、そうだな。でも、こんなに早く方針を変えちゃうなんて、データには無かったんだけどな」


 福尾の忠告に頷きつつ、猿田は首を捻った。


 前半バントを多用していたチームが、中々点が入らないことに痺れを切らし、後半バントを止めること自体はままある。ただ、これまでの相模原商業の戦い方を見る限り、方針を変えるとは思えなかったのだ。


 自分の持つデータを思い返しつつ、福尾は言った。


「今夏の相模原商業の試合展開で、前半に大量リードされた試合なんて無かったはず。全部接戦か、前半で大差をつけたかのどちらかだ。だから、点差を見て柔軟に方針を変えた可能性はある」

「……なるほど、そういうタイプの監督だったのか。意外に策士だったんだな」


 二人は相模原商業側のベンチに視線をやった。

 青い顔で戦況を見守る相手校の監督は、とても策士には見えない。


 福尾がごほんと咳払いすると、二人はお互いに視線を戻した。


「……とにかく、これ以降はバントで決めうつと痛い目をみる可能性がある。ただ、バントを全くしてこないとも思えないから、俺が向こうのベンチをよく観察しておくよ。お前は半々くらいで考えておいてくれ」

「了解」


 試合を早く進めたい球審がそろそろ急かしてくるだろうと思い、短めに話を打ち切った福尾はホームへ戻った。「プレイ!」と球審が再開の合図を出すと、左打席に入っていた3番打者の尾崎が、バントの構えをした。


 0アウト走者2塁という状況だけ見ると、バントでも何もおかしくはない。

 しかし、打順は3番。そのうえまだ4点差と、バントをしない理由はある。

 

 ……でも、2者連続でバスターなどあるだろうか。

 

 考えれば考えるほど、思考の深みに嵌るのを福尾は感じた。

 とにかく慎重に入ろうと、外へのスライダーを要求する。

 初球は外れてボール。2球目も同じ球でボールとなった。


(……まずいな、ボール球じゃ本当にバスターなのかどうか分からない。大体、俺が弱気になってどうすんだ)


 福尾は一度マスクを外し、頬を叩いてから付け直した。

 今度はインコースへのストレートを要求する。

 猿田の左腕から投じられた第3球は、福尾の要求より少し甘く入った。

 そしてそのボールを、尾崎が見逃さずに振り抜く。


 打球は1・2塁間を抜けるヒットとなった。

 2塁ランナーは3塁を回ったところで、今日ライトを守る慎吾の方を警戒してストップ。0アウト1・3塁と、なおもピンチが続く。


 ここで、4番の大塚が左打席に入った。


* * *


Team  12345 R H E

青嵐  01103 570

相模商 00001 170

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る