第28話 サイドスロー対決
「ふいー、なんとか乗り切ったぜ」
「乗り切ったって、ほとんど運ゲーだったけどな」
1回裏の終了後。
0に抑えてベンチに戻った猿田に、福尾が呆れた。
先頭打者にヒットでの出塁を許した後、猿田は1球で送りバントを決められた。
その後は3番がショートゴロ、4番がフォアボール、5番がサードライナーという内容。確かに福尾の言う通り、サードライナーが少しでも横にずれていれば、長打でいきなり2点先制となってもおかしくなかった。
猿田は特に動揺することなく開き直った。
「運じゃなくて、確率と言え確率と。大体、野球なんてそもそも確率ゲーなんだ。村雨みたいにばったばった三振取るならともかく、打球が飛んだら後は神頼みみたいなもんよ」
「……まあ、そういう面はなきにしもあらずだが。さっきみたいにボールが浮くと、見逃さず長打にされるからな。単打はもうしょうがないから、とにかく低めに集めてくれ」
「へいへい」
二人のやり取りを、芽衣が不安げに見つめていた。
隣にいた慎吾に尋ねる。
「大丈夫かな、サルのやつ」
「大丈夫だよ。開き直ってる間はね」
「……そうじゃなくなったら?」
「……さあ」
相手は準決勝まで勝ち上がってきた強力打線だ。
猿田の調子が落ちれば、当然厳しいとは慎吾も思っている。
2回表の攻撃に入った。
先頭打者は4番の翔平。
相模原商業の先発は、エースの山本、右のサイドスローだ。
奇しくも今日は、サイドスロー対決という格好になった。
その翔平は、3球目の甘く入ったスライダーを捉えた。
打球がセンターの頭を超え、翔平は2塁に悠々到達。
0アウト走者2塁と、いきなりチャンスを作る。
続く5番の福尾がファーストゴロ。
その間にランナーの翔平が進塁し、1アウト走者3塁という形を作った。
ここで打席に入るのは、今日先発の猿田だ。
(ここは自援護、したいよなっ!)
2球目のストレートを猿田は捉えた。
打球は1・2塁間を抜けるシングルヒット。
3塁ランナーの翔平が悠々生還し、青嵐は早速1点先制した。
続く7番の三村がショートゴロのゲッツーに倒れ、2回表は終了。
しかし、自分で掴んだ先制点は、猿田の心理を多少は楽にしてくれた。
* * *
2回裏、相模原商業の攻撃に入った。
先頭は6番打者、ピッチャーの山本。
慎重に入りたいところだったが――。
「何ゲロ甘いコースに投げてんだよ、お前」
2球目を痛打された猿田の元へ行くと、福尾は猿田の頭を叩いた。
猿田はぶすっと不貞腐れている。
「別にいいだろ。下位打線だし、どうせ次バントなんだから」
事前の調べでは、相模原商業の監督は保守的な采配を好んでいた。
猿田の言う通り、この場面では確実に送りバントを選択してくるだろう。
逆に言えば、青嵐バッテリーとしては、バントこそが強力打線から確実にアウトカウントを稼ぐ手段と踏んでいた。
「……まあ、次はど真ん中でいいが、送られた後は得点圏だからな。慎重に頼む」
「分かってるって。何年ピッチャーやってると思ってんだ」
「何年やっても学習しねえから心配してんだよ」
「……そう思うんなら、もっとマシなリードしやがれ」
少し強い言葉の応酬にも思えるが、この二人は幼馴染。
このくらいのやり取りは日常茶飯事なうえ、お互いに怒っているわけでもない。
福尾がホームに戻ると、試合は再開した。
相模原商業の7番打者・松下は、予想通り最初からバットを寝かせている。
(頼むぞ、ど真ん中投げてやるから1球で決めろよ)
猿田の願い通り、松下はしっかりと一塁の前に転がした。
ファーストを守る翔平がボールを拾い、打者走者の松下にタッチ。
相模原商業にとっても、そして青嵐にとっても、期待通り1アウト2塁という形ができあがる。
とはいえ得点圏に走者を進められたという意味では、ピンチに変わりない。
しかし、猿田は落ち着いていた。
元々、慎吾とは違い、毎回走者を出すのは当たり前くらいの気持ちでいる。
大量点さえやらなければ、オールオッケーくらいの気持ちでいた。
結局、8番をセカンドゴロに打ち取り、9番から三振を奪い3アウト。
1点のリードを守ったまま、3回表へ入ってゆく。
(……ま、バントしてくれる間は大量点は無さそうだな)
猿田はほくそ笑むとマウンドを降りた。
なんだかんだ、徐々に余裕ができ始めていた。
試合は3回も青嵐にとって順調に進んだ。
1アウト1・3塁から2番・二岡のセカンドゴロの間に3塁ランナーが生還し1点追加。その後は慎吾が四球、翔平がレフトフライに倒れ1点止まりとなったが、まだまだ点は取れそうな雰囲気だった。
3回裏、相模原商業の打順が二巡目に入る。
1番打者の池田に再びセンター前ヒットで出塁を許すも、その後2番の送りバントで再び1アウト走者2塁。
しかし、3番・4番を凡退させ、この回もスコアボードに0を並べた。
「……なんか上手く行き過ぎじゃね?」
順調過ぎる試合展開に、猿田は逆に不安になってきた。
慎吾にぽつりとそう漏らすも、慎吾も答えようがない。だから、
「上手くいってるなら、良いことじゃないか」
そう言って肩を叩くしかなかった。
* * *
Team 123 R H E
青嵐 011 230
相模商 000 030
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