第27話 終幕からの開幕

Team 123456789 R H E

海王大 100001000 260

青嵐  00000000  030


* * *


(きた、読み通りのボールだ!)


 猿田のバットが、白球を捉えた。

 しかし、ボールが思いの外手元で伸びていたせいか、打球はかなりの角度で打ち上がる。


 打った瞬間、猿田は結果を悟った。

 これは多分、外野フライだ。


 レフトが三塁線の方へ、打球を追ってゆくのが見える。

 祈るような気持ちで猿田は走った。

 祈りが通じたか、打球は風に流されてファールゾーンへ向かう。


(頼む、落ちてくれ!)


 レフトが滑り込む横で、ボールが人工芝の上を跳ねた。

 三塁審がファールを宣告し、猿田はほっと胸を撫で下ろす。

 左打席に戻ると、すぐさま思考を切り替えた。


(さて、次の球だ。そろそろカーブが来るだろうから、そっちに張りたいところだけど……カーブ待ちでいったら、多分ストレートに振り遅れるんだよな)


 猿田は結局、ストレートに張ることにした。

 読み通り、その後2球はストレートが続いてカウントは1ボール2ストライクとなる。次で7球目となるが、サイン交換の際に松本が2回首を振った。


(キャッチャーとしては、ストレートで粘られてるならカーブを要求したいだよな。で、松本が左バッターに投げるのはストレートかカーブ。なら、首を振った時点でストレートか)


 考えながらも、ふと違和感を覚える。

 首を振ること自体は分かる。

 では、松本はなぜ2回首を振った?

 球種が2択しかないのに2回首を振ったら、元に戻ってしまうではないか。


(……いや、待てよ。まさかとは思うけど――)


 松本からの第7球。

 来るはずのないチェンジアップがきたのを見て、猿田はほくそ笑んだ。


(やっぱりな! 2回首を振ったという事実を素直に考えれば、ストレートでもカーブでもないってことだ。なら、チェンジアップしかないだろ!)


 猿田のバットが、松本のボールを今度こそ完璧に捉えた。

 打球がライト方向へぐんぐん伸びてゆき、そのままスタンドに突き刺さった。


 その瞬間、青嵐側の応援席から歓声が爆発した。

 猿田がダイヤモンドを一周する間、2人のランナーが先にホームインする。

 猿田もホームに還ってくると、球審によりゲームセットが告げられた。


 3対2。

 9回サヨナラ勝ちで、青嵐高校は勝利を手にした。


* * *


Team 123456789  R H E

海王大 100001000  260

青嵐  000000003× 340


* * *


 準々決勝から2日後。青嵐ナインは、今日も横浜スタジアムに集まっていた。

 準々決勝以降は全て横浜スタジアムで行うというのが、神奈川では慣例となっているからだ。


 今日の相手は相模原商業。

 私学4強の1角・桃明学院との打撃戦を制して準決勝に進出した。

 投手力は弱いものの、打撃力はあるというのが事前の評価だ。


 とはいえその打撃力も、一昨日青嵐の戦った海王大付属に比べると劣る。

 つまり、慎吾が先発すれば、勝てる相手だと言えたが――。


「猿田、今日は頼んだよ」

「……マジでもうすでに無理かも。初回から準備しといて」


 1回表が三者凡退に終わった後、青嵐高校の守備時。

 ライトの定位置に着く際、慎吾がマウンド上の猿田に声を掛けると、猿田が青い顔で慎吾の方を振り返った。


「ははっ、確かにヤバそうな顔してる」

「おい、笑い事じゃねえよ。……はあ。さっきなんか、『村雨を使え馬鹿監督!』っておっさんの野次が、思いっきり聞こえたんだぞ。俺がマウンドに上がるところなんて、誰も望んでないだよ」


 観客の多くが慎吾の当番を待ち望んでいたのは事実だろう。

 翌日に決勝戦を迎えるという日程を考え、依田は慎吾の登板を回避したが、肩透かしを喰らった観客はそれなりにいたようだ。


 もっとも、そんなのは青嵐にしてみれば知ったことではないが。


「何言ってんだよ。チームのみんなは、猿田に投げてほしいと思ってるよ」

「そうかあ? ぶっちゃけ、みんなお前にずっと投げて欲しいんじゃないか? その方が確実に勝てるし」

「じゃあ、みんなって言うのはやめる。少なくとも僕は、猿田に投げてほしい」

「……なんでだよ」

「猿田が投げてくれたら、僕が休めるから」

「……お前、ボコボコにされてやろうか?」

「斬新な脅し方だな。まあ、ボコボコは良いとしても、あんまり外野には飛ばさないでほしいな。守備が大変になる」

「贅沢言うな、バカ」


 猿田はしっしと慎吾をマウンドから追い払った。

 ライトへ向かう慎吾の背中を見送ってから、ホームへ目を移す。


(でも、まじで今日は覚悟した方がいいな。準決勝レベルで、俺のボールが果たして通用するかどうか)


 投球練習の7球を終えると、相模原商業の1番打者・池田が右打席に入った。

 ブラスバンドによる狙い撃ちのイントロが始まったその瞬間、猿田が第1球を投じる。


 池田のバットは猿田のストレートを捉えた。

 打球は綺麗に三遊間を抜けていった。

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