第26話 読み合い

Team 123456789  R H E

海王大 100001000  260

青嵐  00000000   020


* * *


 9回裏2アウト走者無し、2点ビハインドの場面で福尾が打席に入った。

 松本の初球は高めのストレート。

 これを福尾が見送り、球審がボールを宣告する。


 だが、2・3球目は同じストレートで押してあっさり2ストライクに。

 福尾は2球ともバットにこそ当てたものの、振り遅れている感は否めない。


(このままストレートでいっても良さげだけど……まあ、お前がそう思うんなら)


 松本は阿久津のサインに首を振らず、4球目を投じた。

 球種は彼の必殺球、大きく縦に変化するカーブだ。

 福尾はこれを読んでおり、しっかり見送ってボールとなる。


 ここから2球ファール、1球ボールを挟んでからの8球目。

 この打席2度目のカーブを福尾が見逃し、土壇場で四球を選んだ。


「ナイセン、福尾!」


 ダグアウトから聞こえるチームメイトの歓声に応えつつ、福尾は一塁を踏む。

 振り返ってホーム側を見ると、右打席に6番の三村が入るところだった。

 その背後では、7番打者としてスタメン出場していた佐宗……ではなく、猿田がネクストバッターズサークルに座っている。


(お、代打か)


 思わず監督の依田を見ると、冷静な表情でグラウンドを見つめている。


(松本の情報はある程度共有してたとはいえ、この判断ができるとはな)


 7番の佐宗は今日3三振。

 そのうえ、福尾の見立てでは、右打者より左打者の方が松本に対して有利。

 これらの情報を踏まえれば、代打策は当然と言えば当然だ。


 だが、依田にはまともな判断を下せるだけの野球経験がまだないはず。

 その依田が重要な局面で適切な手を打って出たことに、福尾は素直に感心していた。

 

 が、当の本人はというと、


「これで良いんだよな? 雪白」

「もうちょっと自信持ってくださいよ、自分の判断には。それでも一応監督でしょう?」

「一応とはなんだ、一応とは。失礼な。がっつり監督だぞ、俺は」

「……それはそれで意味分かりませんけど」


 表情にこそ出さなかったものの、内心かなり不安だった。

 県大会の準々決勝などというプレッシャーのかかる場面に慣れているのは、青嵐には慎吾を置いて他にはいないのである。


 さて、三村への初球、松本は初球からチェンジアップを投じてきた。

 ストレートで押してきた福尾の打席とは、全く異なる配球だ。


 バッテリーとしては裏を掻いたつもりなのだろう。

 しかし、肝心のボールが高めに浮いてしまった。

 三村はこれを見逃さず、カキーン、という金属音が辺りに響いた。


 ライナー性の打球が三遊間を抜け、ワンバウンドしてレフトの正面へ。

 その間にバッターランナー、一塁ランナー共々一つずつ塁を進め、2アウトながら1・2塁。長打一本で同点となる可能性が出てきた。


 ここで猿田本人の口から球審へ代打が告げられ、球審はバックネット裏へ選手交代を報告する。わずかな間を置いて、ウグイス嬢によるアナウンスが横浜スタジアムに響き渡った。


「7番、レフトの佐宗君に代わりまして、代打猿田君、背番号10」


 猿田が軽く素振りをしてから左打席に入ると、一瞬松本が顔を歪める。

 その顔をしっかり見ていた猿田は、試合中盤での福尾との会話を思い返した。


(右より左を嫌がるってことは、いよいよ福尾の見立て通りみたいだな)


 福尾が最初に辿り着き、その後猿田も辿り着いた答え。

 それは——。


(間違いない。松本はチェンジアップを左打者に対して使えないんだ)


 軽く頷きつつ、バッターボックスの土を均してからバットを構える。

 

 使わないのか、使えないのか。

 先ほどの松本の表情を見ると、「使えない」の方が正しいのだろうが、それは猿田にはどうでも良い。

 今はただ、自分にはチェンジアップが来ないという事実が重要だった。


(となると、必然的にストレートかカーブの二択。初球はもちろん——)


 第一球。

 松本の左腕から投じられたインハイへのストレートを、猿田は空振りした。


(くそっ、ストレートに山張っててこれかよ。マジでだせえな、俺)


 相手は超高校級のサウスポー。

 いくら球種を読めたとしても、そもそもボール自体に並々ならぬキレがある。


 次のボールもストレートだった。

 今度はかろうじてバットに当たり、ファールチップが三塁側に弱々しく飛ぶ。


(結局追い込まれちまったか)


 とはいえ、ここまでは想定内。問題はここからだ。


 猿田は一度打席を外すと、靴紐を結ぶふりをしながら深呼吸した。

 松本がストレートで押してくるのか、それともカーブでくるのか。

 どこかで絶対にカーブがくるはずだが、それが何球目なのか——。


(よし。次はストレートに張って、目一杯速いタイミングでスイングしよう)


 割り切ってしまえば、話は早い。

 猿田は球審に頭を下げ、再び左打席に入った。マウンド上では松本が暇を持て余すように、ロージンバッグを手の上で弾ませている。


 セットポジションからの第4球。

 松本が選んだボールは、ストレートだった。

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