第24話 黄信号

Team 1234R H E

海王大 1000140

青嵐  0000000


* * *


 5回表の海王大付属の攻撃は、1番バッターの平から始まった。

 これで3巡目なので、普通なら初回より捉えた当たりが出るはずなのだが——。


「ストライクスリー!」


 あっさりと三振に切って取られ、平はダグアウトへ引き下がった。


「お前が三振なんて珍しいな、平」

「今の打席は逆球が一つもなかったからな。割り切るしかないよ」


 松本に冗談っぽく言われた平は、そう答えた。

 試合前のリサーチでも、初回と6回以外で点を取るのは厳しいという結果が出ていたのだ。想定内と言えば、想定内だ。


 続く2番・3番も三振し、結局この回は三者連続三振に終わった。

 そもそも三者凡退が初めてだったこともあり、青嵐側は良い雰囲気で裏の攻撃に移る。


 そうしたムードのおかげか、先頭打者の福尾がレフト前ヒットで出塁。

 ここまでノーヒットだったこともあり、青嵐側のベンチとスタンドが一体となって盛り上がる。


 続く6番の三村がバントで送り、1アウト走者2塁。

 しかし、7・8番の連続三振で、チャンスはあえなく潰れてしまう。

 こうして5回の攻防は終了し、グラウンド整備の時間に入った。


「福尾、ちょっと話があるんだけど」


 2塁からダグアウトへ戻って来た福尾へ、慎吾は話しかけた。


「なんだ? どうかしたか?」

「向こうのここまでのバッティングなんだけど。何を狙ってきてるのか、なんとなく分かってきた気がする」


 そう、今日の試合のミッションは、何も松本から点を取ることだけではない。

 大前提として慎吾が海王大打線を抑えなければ、どうしようもないのだ。


「ほう、言ってみろよ」

「多分だけど、逆球に張ってる。打たれた球を改めて思い返すと、そんなのばっかりだから」

「あー、俺も何となくそんな気がしてたんだよな」

「……後出しで知ったかぶるのは良くないと思うよ、福尾」


 慎吾がじとっとした目で福尾を見ると、福尾は慌てて顔の前で手を振った。


「いや、マジで後出しとかじゃないぞ。俺も薄々そんな気はしてたんだけど、言ったところで仕方ねえかなって思ってたんだよ」

「……まあ、それもそうか」


 少しの間黙考した後、慎吾は納得した。


 というのも、怪我明けで投げ込みをそれほど行えなかったせいで、今の慎吾には右打者のアウトコース、もしくは左打者のインコースへ大雑把に投げ込むくらいの制球力しかない。


 流石にストライク一つ取るのに困るほどではないが、配球は単調になる。

 試合前に海王大付属側が分析した通りだが、キャッチャーの福尾のリードの責任というよりも、慎吾が投げる以上そうならざるを得ないというのが実情だ。


 いくら配球を読まれようと、ボールの威力でねじ伏せる。

 今の慎吾とはそういうピッチャーで、逆球というある種の例外を狙われたところで、投球内容を変える必要性もなければ、変えられるほどの器用さもない。

 それがたった今、慎吾の出した結論だった。


 そしてどうやら、福尾も慎吾より早く同じ結論に達していたらしい。


「な? 分かっただろ?」

「……僕ってもしかして、福尾からするとあんまりリードのし甲斐がない?」

「正直言うと、ないな。それに、ボールの衝撃がミットの皮越しに届くから、毎回毎回手がバカ痛いし。流石にもう慣れたけど」

「……なんかごめん」


 申し訳なさそうに視線を逸らす慎吾へ、でも、と福尾が続ける。


「そういう面倒臭さ以上に、いい経験してるなって楽しさの方がでかいぞ。何より、お前のキャッチャーやってたなんて、多分一生の自慢になるから」

「……どうかな。僕がプロで通用するかなんて、まだ分からないよ?」


 照れ臭くなった慎吾は、帽子を深く被り直した。

 福尾がハハッ、と声を立てて笑う。


「村雨で通用しなかったら、誰も通用しねえよ。……ま、今はそれより目の前の試合だ。海王大の連中に勝って、準決勝も浜スタ来ようぜ」


* * *


 グラウンド整備が終わり、試合は6回表に入った。

 海王大付属の先頭打者は、4番の大下。

 軽く素振りをしてから、球審に挨拶して右打席に入ってくる。


 ロージンをぽんぽんと右手の上で弾ませてから、プレートの後ろに落とす。

 ホームに正対すると、グラブを頭の上に振りかぶり、左足を引く。

 いつも通りのフォームから、ストレートを投じた。


 海王大付属の集めたデータによると、初回と6回に慎吾は逆球が増えるという。

 そのデータ通り、大下への初球は逆球だった。

 待ち構えていた大下が、インコースへ来た直球を打つべくバットを振り抜く。


 高い金属音がグラウンドに鳴り響いた。

 慎吾が振り向くと、綺麗な放物線を描いてレフト方向へ伸びる白球が見える。

 打球はそのまま切れることなく、スタンドへ飛び込んだ。


 三塁審が大きく腕を振ってホームランのジェスチャーをした。

 一拍置いて、海王大側の応援席から悲鳴のような歓声が上がる。

 打った当事者は一見淡々とダイヤモンドを一周していたが、ホームベースを踏むと喜びを爆発させ、チームメイトと抱き合っていた。


 慎吾は腰に手を当てて、バックスクリーンの電光掲示板を見つめた。

 2対0。青嵐高校の準決勝進出に、黄信号が点り始めた。

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