第15話 復活とは言えない

 1月1日、深夜1時を回った頃。

 慎吾は一人、近所の神社へ向かっていた。


 神社へと続く階段の前には列が出来ていて、その中に目当ての姿を見つける。


「新年明けましておめでとう」


 声をかけると、洋平と芽衣が振り返った。

 すぐさま二人からも、


「明けましておめでとう……というか、久しぶりだな」

「あけおめー」


 と挨拶が返ってくる。


 3人は数日前から、一緒に初詣することを約束していた。

 元は芽衣から慎吾を誘ったのだが、その慎吾が久しぶりに洋平の顔を見たいと言い出したので、この面子になったのだ。

 年末と正月の三が日だけは、洋平も寮から自宅に帰っていた。


 慎吾は洋平の方を向いた。


「確かに、洋平とは夏以来だね。どう、元気してた?」

「全然。冬練が今年は一段とヤバい」

「なるほど、流石は強豪校……って、よく考えたら僕も去年までそこにいたのか」

「そうだよ、何言ってんだよ。……というか、慎吾こそどうなんだ? 夏は復活できそうか?」

「それを明かしちゃったらつまんないでしょ」

「いや、芽衣には聞いてないから」

「はあ? じゃあ、そう言えし」


 そんな風にしばらく話していると、列は進み3人の番が回ってくる。

 慎吾は目を瞑り、手を合わせて祈った。


 祈り終えて列を抜けると、他の二人も後を追ってやって来る。


「洋平は、なんて祈った?」

「今年の夏が番狂わせのない大会になるように、だな。実力通り順当にいけば、俺たちが優勝するはずだから」


 洋平は慎吾の目を見て言った。

 慎吾は「……へえ。洋平らしいな」と呟いてから、芽衣の方を向く。


「雪白は?」

「私? 私はその……と、というか村雨は? 先に自分のを言ってよ。そしたら、私も言うから!」

「僕は、怪我しないように、だね。とにかく、怪我だけはもう懲り懲りだから」

「……同じだ」

「……え? そうなの?」

「うん。同じこと、祈ってた」


(雪白ってまさか、僕のこと……)


 こちらを見ずに言う芽衣の方を何となく見てはいけないような気がして、慎吾も彼女から目を逸らした。


「……そ、そっか。なんか、ありがとう」

「どう、いたしまして?」


 二人はしばし、横にもう一人男がいることを忘れていた。

 生暖かい目でその光景を見ていた洋平がわざとらしく咳払いすると、はっとして彼の方を振り返る。

 

「もしかして俺、邪魔だったか?」

「まさか! そもそも僕が、洋平に会いたいって言ったんだし」

「ふーん……じゃあ、芽衣は?」

「私は、その……邪魔、ではないと思います」


(なるほど、そういうことか)


 なぜか敬語で答える芽衣の様子に、洋平は二人の関係を察した。

 早速切り替えたのか、「おみくじ引こうよ」と先を行く慎吾を追いながら、「頑張れよ」と芽衣の肩を軽く叩く。


「……どーも」


 観念したように芽衣は答えた。


* * *


「今のところ、最速は猿田の133kmな。さ、焼肉がかかってるぞー」


 依田のからかうような言葉を軽く受け流しつつ、慎吾はブルペンに入る。


 2月の終わり。

 冬練も終わりに近づき、そろそろ練習試合が始まろうかというこの時期に、青嵐野球部ではまたもスピードガンコンテストが行われていた。


 今回は全員に優勝のチャンスがあるようそれぞれハンデが付けられ、優勝景品は焼肉食べ放題の依田による奢り。特にコンテストに興味のなかった慎吾もそこは男子高校生、焼肉と聞いて俄然やる気を出している。


 とは言え、慎吾に与えられたハンデはマイナス20km。

 いくら冬練で力を取り戻してきていたとは言え、150kmは超えないだろうと踏んでいる猿田は既に焼肉を獲得したかのような気分に浸っている。


 慎吾はプレート周りの土を軽く均すと、ホームベース後方でミットを構える福尾に正対した。大きく振りかぶり、同時に左足を引く。引いたその足をぐいと持ち上げ、視線はミットを見据えたまま、胸を三塁側に向ける。


 ゆっくりと、着実に体重移動。

 腰から先に前へ前へと進んでゆき、左足で地面を踏みしめる。踏み出した左足を起点にがばりと腰を回転させ、右腕が鞭のようにしなりながらついて来る。


 放たれた白球は、音すら置き去りにするような速度でミットに収まった。


 見ていた部員たちは、呆然とミットに収まったボールを見ていた。

 しばらくして、ようやく猿田が口を開く。焼肉のことなど、既に頭から吹っ飛んでいるようだった。


「……え、今の何km?」


 スピードガンを持っていた芽衣も、その声でようやく我に返ったようだった。

 ほんとかな? と半信半疑になりながら、目にした数字を読み上げる。


「えーっと——」


* * *


 部活帰りの電車内。

 猿田は「いやー、焼肉だけは死守して良かった!」とわざとらしく言い残して駅のホームへ降りていった。その背中を、慎吾がぐぬぬと見送っている。


「くそ、もうちょっとで勝てるところだったのに。ハンデが20kmって、やっぱりデカ過ぎるよ。ねぇ、雪白?」

「う、うん」


 二人のやり取りで先ほどの慎吾の投球を思い出していた芽衣は、慌てて頷いた。

 芽衣の様子に構わず、窓の外を見つめながら慎吾は話を続ける。


「でも、猿田はすごく良くなったよなぁ。左のサイドで133km、しかもコントロールも悪くないってなると、結構戦えるんじゃないかな」

「……それ、村雨が言う?」

「え?」

「いや、何でもない」


 芽衣の様子に今度こそ何かおかしいと思ったのか、慎吾は彼女を少し訝しげな目で見た。が、結局は気のせいだと思ったのか、そう、と車窓に視線を戻す。


(……20kmもハンデがあって、サルと競ること自体そもそもおかしいんだよ)


 芽衣は自分の見たものを思い出した。

 152km。まだ冬の寒さが残り、球速の出にくい時期としては異常な数値だ。

 それに、中学の頃より速くなっている。


(ちゃんと復活してるとは思ってたけど……これじゃ、復活とは言えない)


 芽衣はこっそり慎吾を横目で見た。

 慎吾としても今日の投球は感触が良かったのか、周囲の迷惑にならない程度に腕を振り、何やらフォームの確認をしている。


(村雨はむしろ、進化してる)

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