第14話 冬練

 12月に入った。

 高校野球では12月から2月までのおよそ3ヶ月がオフシーズンとされ、この期間に練習試合を行うことが禁止されている。


 青嵐高校野球部も御多分に洩れず、11月最終週の練習試合を最後に冬練へ。

 筋力・体力アップのためのトレーニング中心の練習メニューへと移行していた。


 トレーニングは辛い。

 たまに野球の練習よりトレーニングで本領を発揮する部員もいるが、大半はそうではないので、トレーニングばかりだと息が詰まってしまう。


 なので、その日は趣旨を変えて、娯楽要素のある練習が取り入れられた。


「うらっ!」


 三塁側ブルペンにて。

 猿田の投じたボールがミットに収まると、横でスピードガンを掲げていた芽衣がガンに表示された球速を「……128kmです!」と少し溜めてから発表した。


 その日彼らが行っていたのは、スピードガンコンテスト。

 今日と冬練が終わる2月末頃と2回測って、部員の成長度合いを見ようという趣旨で行われていた。


 おお、と歓声を上げる部員たちに「今のところ、最高記録は祐川の129kmだな」と依田が告げる。すると、歓声は途端に


「猿田、お前エースなのに負けてるみたいだぞー」

「良いのか、そんなんで!」


 と猿田をからかう声へ変わった。


「良いんだよ、ピッチャーは球速だけじゃねえんだから!」


 言い返しながらも、外野手の祐川に負けたのがやはり納得いかなかったようだ。

 猿田は福尾からの返球を受け取ると、2球目を投じた。


「126km」

「さっきより力んでたぞー」

「てか、猿田はもう交代でいいだろ。次行こう次!」


 結局猿田は祐川の記録を抜けないまま、悄然として交代した。


「次、まだ測ってないやついるかー」


 監督の依田が、猿田の投球を見ていた部員たちを見渡す。


「あ、僕がまだでした」


 慎吾が手を挙げると、


「おお、村雨か。一応聞くが、大丈夫だな?」


 依田が確認を取ってきた。

 投球練習解禁から一月以上経ち、最近では全力投球を始めている慎吾が頷くと、ならいい、とあっさり引き下がる。


「よ、キャプテン!」

「山吹実業スポーツ推薦の力、見せてくれよー!」


 慎吾の登場に、部員たちはその日一番盛り上がった。


(こっちは怪我明けなんだし、変に盛り上がられても投げ辛いな)


 苦笑しながらもブルペンに入って土を軽く均し、投球練習を何球か行う。


「そろそろいいか、村雨」

「こっちはいつでも」

「よし。……雪白、計測の方を頼む」

「了解です!」


 部員が固唾を飲んで見守る中、ホームベースに正対した慎吾が振りかぶってからボールを投じた。バシッという音とともにミットに白球が収まる。


「えー……136kmです!」

「おー! 最速更新!」

「怪我明けでこれかよ」


 芽衣がスピードガンに表示された球速を読み上げると、ブルペンはその日1番の盛り上がりを見せた。ひとまずそこそこのボールが放れたことにほっとしながら、慎吾はブルペンを出た。


 慎吾を最後に全員の計測が終わり、依田が部員たちを集合させた。

 いつもより楽しげな皆の顔を見回してから、口を開く。


「2月末に、もう一度コンテストをする。今度は今日の結果と今後の可能性を元にハンデを付けて、全員に優勝のチャンスがあるようにする。優勝景品も付ける。何にするかはまだ考えてないがな」


 ある意味、慎吾の球速が発表された時以上に盛り上がった。

 部員たちの様子に呆れながらも、依田は続ける。


「とりあえず、ハンデ言ってくか。猿田を基準に、プラマイでいくな。あ、祐川も猿田とほぼ同じだからハンデ無しだ。あと、福尾は……」


 記録を元に一人一人のハンデを伝え、最後に慎吾を見た。


「で、村雨だが……色々考えた結果、マイナス20kmってことにした。一人だけダントツでハンデがデカいが、まあ頑張ってくれ」

「……」


(いや、流石にデカすぎません?)


 内心そう思ったが、口には出さなかった。

 慎吾自身は、コンテストの優勝にも景品とやらにもそこまで興味がない。


「というわけで、第一回スピードガンコンテストは終了な。今からはいつも通り、トレーニングやるぞー」

「えー、結局やんのかよー」

「今日くらい無しにしても……」


 大ブーイングを最後に、コンテストは慎吾の優勝で終了した。


* * * 


 山吹実業高校野球部グラウンド。


「あー、今日も身体バッキバキですよ」

「木島はほんとフィジカル系が弱いな」


 冬練の合間に木島が愚痴を漏らすと、隣にいた洋平がからかうように言った。

 木島は不満げに「いや、俺が弱いんじゃなくて先輩方が強過ぎるんですって」と言い返す。


「まあ、俺たちは2回目だからな。しかも、今年は去年より間違いなくきついし」


 神谷が二人を取りなすと、


「なんせ、3年生が大量に来てるからな」


 洋平がぼそりと呟く。神谷は「だな」と同意した。


 今年のグラウンドには、いつにも増して引退した3年生がやって来ていた。

 皆自分たちの夏の無念を下の代に晴らして欲しいという思いから、積極的に練習協力に訪れていたのだ。


 洋平たち3人と同部屋の石井も、毎日のようにグラウンドを訪れている。

 その石井の前で、来年の夏は絶対に甲子園へ行くと宣言したのだ。

 だから、彼らの前では絶対に手を抜けない。

 手を抜くことを、自分の心が許さない。


「ここまでやって、甲子園に行けなかったら……」


 普段は明るい性格だが、練習のきつさのあまり少し弱気になっていたのだろう。

 ふと木島が、弱音を漏らした。


 一瞬の沈黙の後、洋平が口を開く。


「今そんなことを考えても、仕方ないだろ。……とにかく、目の前のことを一つずつだ。そういうのは、全部終わってから考えればいい」

「……そっスね。ちょっと俺、どうかしてました」


 木島が笑みを見せると、洋平は彼の頭を乱暴に撫でた。

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