第13話 念のため、ね

 文化祭から1週間ほど経った後の、部活休みの月曜日。

 試合を観に来ていた翔平から青嵐に入るとの確約を得て、野球部員はさらに練習へのモチベーションを上げていた。


 部員たちをサポートする立場の芽衣にしてみれば、やりがいこそ大きかったが疲れもあった。そのせいか、友達と話している休み時間中も、何となくぼけっとしてしまって話に集中できない。


「——ね、芽衣はどう思う?」


 クラスメイトの水尾彩に不意に話を振られ、芽衣は正気に戻った。

 とは言え、その前の話を全く聞いてないから、何のことやら分からない。

 

「……ごめん、聞いてませんでした!」


 芽衣が頭を下げると、彩はもう一人のクラスメイト・斉藤舞と顔を見合わせた。

 ため息をついてから口を開く。


「……もう1回説明するか」

「ありがとう、彩ちゃん! ほんっと申し訳ない!」


 改めて頭を下げる芽衣にいいっていいってと彩は手を振った。


「……駅から少し歩いたとこに、ほら、水見神社ってあるじゃない?」

「……あー、あるね。学業成就、だったっけ?」

「まあ、ゲンミツにはそうらしいんだけどさ。なんか最近、あそこでお祈りした青嵐生の男女がカップル成立する、みたいな話が多いんだって。それで、実は恋愛方面で効果ある、みたいな噂が出回ってるわけよ。それをどう思うって芽衣に聞いたの」

「……迷信じゃない?」


 芽衣はばっさりと言った。

 分かってないなー、とでも言うように彩が首を振る。


「こういうのは理屈じゃなくてロマンじゃん! もののあはれじゃん! 芽衣は分からないの!? もののあはれが!」

「もののあはれって、なんか違うような……」

「細かいことはいいの! じゃあ、自分に置き換えて考えてみてよ。村雨と二人、水見神社で隣り合ってお参りする姿を」

「いやいやいや、なんでここで村雨の名前が出てくるの」


 慎吾の名前が出た途端、顔が火照るのが自分でも分かった。

 慌てて周囲を見回すと、どうやら教室に慎吾はいないらしい。

 ほっと息をついてから、しまったと彩たちの方に顔を向けると、彩は舞と顔を見合わせ、にんまり笑っていた。


「やっぱりね。前からバレバレだったけど、今の反応で確信した。私は応援するよ、芽衣」


 ぽんぽん、と肩を叩かれ、恥ずかしさに悶絶しつつ机に突っ伏した。

 すると、頭の上から


「でも、村雨って最近こう、ちょっと倍率上がってるよね。この間の文化祭も、なんかカッコ良かったし」


 と舞の声が降ってきて、反射的に顔を上げる。


「それ、本当?」

「ほんとほんと。隣のクラスの子もそんなようなこと言ってたし、そもそも元々割と良い感じだったからね、村雨って。誰とも付き合ってないのが、逆に不思議な感じする」

「……ふーん、そっか」


 芽衣は再び机に突っ伏した。

 今度は恥ずかしさこそなかったが、頭が重かった。


 先ほどまでと打って変わって、彩が優しげに声をかける。


「でも、今のところ芽衣が一番近いんじゃない? おんなじ野球部だし、いつも一緒に帰れるし。最強でしょ、立場的には」

「……その最強の立場を全く活かせてない、とも言えるよね」

「……ま、まあね」


 芽衣の反論を覆すだけの言葉が、彩には見つからなかった。


(そっか、それはそうだよね。村雨がモテないわけない。でも、どうしよう……そっち方面のアプローチは、野球部に誘うのとは訳が違うし)


 うつ伏せにしていた頭を、そっと横に向ける。

 誰も座っていない慎吾の席の向こうには、カラッとした青空が広がっていた。

 

* * *


 時は進んで、放課後。慎吾は芽衣と病院に来ていた。

 診察を終え、待合室の椅子に座っていた芽衣の元へ戻ると、「どうだった?」と聞かれる。


「投球練習、再開していいって」

「……良かった。ほんとに良かった」


 慎吾が報告すると、芽衣は顔を俯けた。

 膝の上に置いていた両拳を、ぎゅっと握りしめている。


「ど、どうしたの?」

「……や、なんか急に、うるっときちゃって。長かったね、村雨」


 戸惑った慎吾が尋ねると、芽衣はひまわりのような笑顔を慎吾に向けた。

 彼女の頬は、確かに少し濡れていた。


 その光景を見た途端、頭で考えるより先に慎吾は言葉を紡いでいた。


「ありがとう、雪白。君がいなかったら、今の僕はなかったよ」

「……そんな、大袈裟だよ。村雨は才能あるんだから、私がいなくても最後は立ち直ってたよ」

「……雪白は僕を、買い被りすぎだよ。それに、自分を過小評価してる」

「その言葉、そっくりそのまま村雨に返しまーす」


 芽衣が涙を拭いながら冗談っぽく言うと、慎吾は笑った。

 釣られて芽衣の口元にも、笑みが浮かぶ。


「……まだまだ、油断は禁物だね」

「そうだね。先生にも少しずつって言われたし、焦らないようにしないと」

「大丈夫、私が見とくから。村雨が無茶したら止められるように」

「……確かに、未来の僕は無茶しそうだな。先に謝っておこうかな」

「えー、もうちょっと自分に自信持ってよ。最初から私頼みなのは、こっちも不安になるんですけど」

「ごめんごめん、なるべくしないように自分でも頑張るよ。でも、自信はやっぱり持てないな。僕ってそういうやつだから」


 わざとらしく口を尖らせる芽衣に、微妙に開き直ったようなことを慎吾は言う。


「知ってる。前も言ったけど、私は村雨のファンだから」

「……そう言えば言ってたな、そんなこと」

「あ、ひどい。ちゃんと覚えておかないと、ファン離れが起きるよ?」

「それは困るな。どうやったら挽回できる?」

「……じゃ、今日の帰り寄り道してもいい?」

「寄り道? 別にいいけど、どこ行くの?」


 不思議そうな顔をする慎吾に、芽衣は悪戯っぽく笑う。


「それは着いてからのお楽しみってことで」


* * *


「……ここ、学業成就じゃなかったっけ。この間中間試験終わったばかりだし、来る時期間違えてない?」

「まあまあ、細かいことは気にしない。今後の村雨の活躍を祈ってってことで、お祈りしておこうよ」

「それは良いけど、ちょっと意外。雪白って、神社とか好きだったんだ」

「……別に、神社が好きなわけじゃないんだけど」


 芽衣は慎吾に聞こえないように呟いた。

 隣の慎吾がえっ? と聞き返してくるのを何でもない、とやり過ごしてから、賽銭を入れて手を叩く。


(……効果があるとは思えないけど、念のため、ね)

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