第12話 決着

Team  123456789 R H E

海王大  001011102 6 12 0

青嵐   20000201  5 7 0


* * *


 慎吾への初球。

 松本は獰猛な笑みを浮かべたかと思うと、セットポジションから胸元へ速球を投げ込んできた。


 慎吾は思わず仰け反り、判定は当然ボール。

 松本は特にそれを気にするでもなく、返球を受け取ってロージンバッグを触っている。


(やりやがったな、あいつ)


 どちらかと言えば自分はあまり怒らない方だと慎吾は思っていたが、アドレナリンで気が昂っているせいか、少し苛ついた。

 とは言え、内角を攻めること自体は投球の王道。

 ふっと息を吐いて切り替えると、バットを構え直す。


 2球目もストレートだった。

 今度は外角高めへのボールで、慎吾は手を出したものの空振りしてストライク。

 1ストライク1ボールとなる。


 実はこの2球とも、慎吾はストレートが来ると分かっていた。

 理由は松本の球種が少ないうえ、彼の癖を熟知しているから。


 具体的に言えば、セットポジションに入る時、ストレートとカーブで振りかぶるグラブの高さが微妙に違うのだ。

 慎吾以外は目視で分からないほど微妙な違いだが。


 しかし、癖のおかげで球種が分かっているにも関わらず、今のストレートを慎吾は空振りした。そこに、松本の中学時代からの成長を感じる。


 3球目もストレート。

 今度は外角低めに素晴らしいボールが来たが、慎吾はなんとかバットに当てた。

 打球は一塁側のファールゾーンへ向かい、これで2ストライク1ボール。

 形としては追い込まれたことになるのだが――。


(今のボールをバットに当てられたのなら、たぶん勝てる)


 慎吾はむしろ、余裕を取り戻した。

 程よい緊張感が心地よく、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。


 一方、マウンドの松本は松本で、慎吾に不気味なものを感じていた。


(あいつ、笑ってやがる。だから嫌いなんだ。中学の時だっていつもいつも、こっちはあいつを意識してんのに、あいつは俺なんかのこと有象無象の一人としか思ってなくて……。今ではこっちの方が、立場も遥かに上だってのに、クソが)


 脳内にこびり付く思考を振り切るように、松本は4球目を投じた。

 恐らく今日最速のボールがミットめがけて向かったが、これにも慎吾が食らい付いてファール。カウントは動かない。


 ここで、海王大付属のキャッチャー・小沢がカーブのサインを出した。

 松本は嫌な予感を覚えながらも、小沢の要求を否定するほどの材料はないと判断し、大人しく頷く。


 慎吾はセットポジションに入る際の松本の動きを見て、カーブだと確信した。

 表情には出さずに、いつもと同じようにバットを構える。


 松本が投じた第5球。

 慎吾の振り出したバットは、白球を完璧に捉えていた。


 両軍ベンチも、試合を観戦していた野次馬も、誰もが言葉を失う中。

 ぽっかりとできた無音の時間を埋めるように、打球はセンター側のネットを越えていった。


 一瞬遅れて、グラウンド全体で地鳴りのような歓声が湧き上がる。


 慎吾は悠然とダイヤモンドを一周し、ホームベースをしっかり踏みつけた。

 青嵐側のベンチは総出で彼を出迎え、頭を叩いたり尻を叩いたりと手荒に祝福する。


「流石キャプテン! 有言実行だな!」

「……勝ったよ。ほんとに勝っちゃったよ」


 相手が公式戦ほど本気を出していなかったとか、運のいい出来事が重なっただとか、探せば理由は色々とある。ただ、そんな細かい理屈を抜きにして、勝ったという事実が彼らを奮い立たせた。公式戦でももしかしたら、と思わせる何かを、この試合で確かに彼らは得た。


「……良かったね、村雨」

「……うん」


 芽衣が微笑む。慎吾も芽衣を見て笑う。


 試合を観に来ていた人たちの騒めきが収まらない中、青嵐高校は海王大付属の選手たちと向かい合って整列する。


「ゲーム!」


 球審の声を合図に、試合終了の挨拶を交わす。


 7対6。試合は劇的な幕切れで、青嵐高校の勝利に終わった。


* * *


「……おい、村雨」


 試合後、慎吾が他の部員とグラウンド整備をしていると、彼に松本が話しかけてきた。慎吾は久しぶり、と返しながらも、トンボを動かす手を止めない。


「……言っとくけど、今日の俺はまだ本気じゃないからな。俺を舐めてると、夏は痛い目見るぞ」

「別に舐めてなんかないよ。松本はもう、雲の上の存在じゃないか」


 慎吾が言うと、松本はチッと舌打ちする。


「お前のそういうところが嫌いなんだ」

「はあ? 何だよいきなり」

「お前のその、俺は器がデカいですよみたいな余裕ぶった感じが、俺は嫌いなんだよ。もっと嫉妬しろよ! こっちは甲子園優勝投手だぞ!」

「……そんな無茶なこと言われても。何、君ってそういうキャラだったの?」

「うるせえ、俺をキャラとかで当てはめようとすんな」

「……」


 慎吾は閉口した。人種が違うと感じた。


 言い返すのも面倒なので、そのまま黙って整備を続けていると、松本はまだ背後でモジモジしていた。仕方なく、「……まだ、何かあるの?」と尋ねると、


「……腕はどうなんだ」


 ぽつりと尋ねてくる。慎吾は思わず、整備の手を止めた。


「……もうすぐで、投球禁止期間が終わるよ」

「……そうか。夏は、お前が投げろ。うちがフルメンバーなら、あのピッチャーじゃ試合にならねえからな」

「……」


 慎吾が松本をまじまじと見た。

 松本は宙の一点をじっと見つめ、眉間に皺を寄せている。

 彼なりのエールなのだと、その表情で慎吾は気付いた。


「……セットに入る時の映像、もうちょっと見返した方がいいよ」

「は? 何の話だよ」

「ボール自体は凄く成長してるけど……癖は中学の頃から治ってない」

「……よく分からねえけど、分かったよ」


 松本は頷くと、「じゃあな」と手を上げて去って行った。

 ……と思いきや、再び慎吾のもとへ近づいて、


「そういや、お前んとこのマネージャー……かわいいよな」

「いいから早く行ってよ! 整備の邪魔だから!」


* * *


Team  123456789  R H E

海王大  001011102  6 12 0

青嵐   200002012× 7 8 0

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