第11話 シーソーゲーム

現在のスコア

Team  1234567  R H E

海王大  0010111 4 9 0

青嵐   200002  4 5 0


* * *


 7回裏の青嵐の攻撃が無得点に終わり、4対4の同点で迎えた8回。

 猿田は毎度の如くピンチを迎えたものの、粘り強い投球で4回以来久々の0をスコアボードに刻み、ベンチに戻ってきた。


「猿田が滅多にないくらい良いピッチングをしてきたんだ。今日は勝つぞ!」

「そうだよ、こんな日滅多にないんだ! 何とか追加点取ってやろうぜ!」

「マジで一生に一度お目にかかれるかどうかだぞ、今日の猿田のピッチングは! せっかくだから勝ちつけてやろう!」

「お前ら、事実にも言っていいことと悪いことがあるんだぞ……」


 チームを鼓舞しているようで、その実普段の猿田の投球を揶揄するような味方の言葉に、本人がぶつぶつ文句を言う。そのままベンチに居座りそうな猿田に、


「お前、5番だろ。この回俺からだから、次だぞ」


 福尾が声をかけると、「マジか!」と慌ててベンチを立ち、用具の準備をする。

 何でもない光景のようにも見えたが、慎吾はそこに猿田の疲れを感じ取った。


(……さっきの回、僕が打ってれば)


 7回の裏、2アウトランナー無しで打席の回ってきた慎吾は、東を攻略出来なかった。甲子園常連校で主力として活躍している投手を1打席で攻略するのは困難なことだから、仕方ないと言えば仕方ない。


 が、今日の試合で勝とうと思うなら、慎吾が打たなければならなかった。

 そうひしひしと感じていた。


 ともかく、この回自分に打席が回ってくることはない。

 ならせめてキャプテンらしく、応援に徹しようと打席に入る福尾の背中に声をかけようとしたその時。


 福尾の遥か向こう、三塁側ブルペンに入る松本の姿が見えた。

 セットポジションから、腕が千切れるのではないかと観ているこちらが不安になるような腕の振りで、ぴゅっとボールを弾き出す。

 ズバーン、と物凄い音を立てて、ボールがミットに収まった。


(……最終回はあいつが出てくるのか。なら、この回点を取らないとまずいぞ)


 福尾の背中に、慎吾は祈りを込めた。

 祈りが通じたのか、ここまでまともに打たれていなかった東から、福尾が2ベースヒットを放つ。


 続く5番の猿田が送りバントをきっちり成功させ、6番の三村が四球で出塁。

 1アウト1・3塁というチャンスで迎えた7番・佐宗の打席、事件は再び起きた。


 東の投じた4球目を捉えた佐宗の打球は、なんでもないショートゴロだった。

 すわゲッツーか、と皆が諦めかけた刹那、先ほどのイレギュラーにびびったのか、海王大付属のショートはチャージをかけずに引いて取った。


 その分処理がワンテンポ遅れたのか、2塁こそアウトになったものの、バッターランナーの佐宗はセーフになり、3塁ランナーの福尾が生還。

 青嵐にとっては大きな勝ち越し点となった。


* * *


 最終回。

 疲労困憊の状態でマウンドに上がった猿田は、海王大付属の1・2番コンビを何とか打ち取り、あとアウト一つというところまで追い込んだ。


 ここで打順はクリーンアップへ。

 3番の北原は猿田の投じたアウトコースへのスライダーをきれいに流し打ち、レフト前ヒットとして首の皮一枚で繋ぐ。


 そして、4番の大下が右打席に入った。

 

「落ち着いてこう、猿田!」

「油断せず、じっくりな!」


 皆が声をかける中、猿田は顎の汗を拭って頷く。

 まだ気持ちは切れていない。

 ファーストから見ていた慎吾は、猿田の様子からそんな印象を受ける。


 これなら、もしかしたら——そう思いかけた刹那。


 カキーン、という気持ちの良い金属音とともに、打球はレフトのはるか頭上を超えてゆく。皆が呆気に取られたようにボールを追って振り返る中、打球はそのままレフト側のネットを越え、その奥に見える校舎の手前でポーンと一度弾んだ。


 逆転2ランホームラン。

 試合は土壇場でひっくり返った。


* * *


「とにかく、村雨までなんとか回そう。そうすれば、何か起こるかもしれない」


 ベンチ前の円陣内で、福尾がまず口火を切った。すると猿田が、


「それ、俺らに言ってもしょうがなくね?」


 これから打席に入ろうとする9番の中井、ネクストバッターズサークルでバットを振る1番の石塚の方を振り返って言う。


 確かに、今円陣に加わっている者の中で、慎吾に「なんとか回そう」と頑張れるのは2番の二岡だけだった。福尾も指摘されて初めてそのことに気付いたのか、


「こういうのは気持ちの問題なんだよ。細かいことはいいんだよ」


 と顔を赤らめる。


「……らしいけど、どうですか、キャプテン。仕事できそう?」


 石塚がマウンドを見ながら言った。

 この回から登板する海王大付属のエース・松本が投球練習を行っている。

 軽い腕の振りから、物理法則を無視しているかのような速球がミットにズバズバと収まっていた。


 癖が分かるとはいえ、こうして実物を目の当たりにすると、その中学時代からの成長ぶりに自信を失いそうになる。


「……打てる、と思う。たぶん」


 慎吾が予防線の意味も込めて「たぶん」と付け加えると、


「まあ、村雨でダメなら今日は縁がなかったってことだろ」


 猿田がさらりと言った。慎吾は目を見開いた。


 今日ベストピッチを見せてくれた猿田が、たぶん一番勝ちたいはず。

 なのに、慎吾に気を遣って、こんな風に言ってくれている。

 まるで勝敗など、大したことないと思っているかのように。


(……彼を、いや、みんなを勝たせてやりたいな)


 慎吾は強く思った。


* * *


 松本は流石の投球を見せた。

 2者連続三振で早々に2アウトを取り、迎えるバッターは2番の二岡。

 バントこそ上手いものの、非力で松本からのヒットは期待できない。


 しかし、その二岡が思いの外粘った。

 バットを短く持って松本の速球に食らい付くと、カウントを稼いで四球で出塁。

 2アウト走者1塁で、慎吾に打席が回ってきた。


 球審に一礼して、右打席に入る。

 ゆっくり土を均してから、バットを構えて松本を睨むように見る。


 招待試合最後の勝負が始まった。

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