第10話 グラウンドの魔物
現在のスコア
Team 12345 R H E
海王大 00101 2 6 0
青嵐 2000 2 3 0
* * *
海王大付属の7番バッター・小沢の放った打球が、快音を残して伸びていった。
そのままレフトの頭を越え、フェンス代わりに置かれたネットにぶつかる。
一塁ランナーは三塁を蹴り、足からホームに滑り込んだ。
グラウンド整備明けの6回、青嵐はついに海王大付属に勝ち越された。
後続を絶って猿田は戻ってきたものの、心なしかその足取りは重く見える。
「わりい、みんな。せっかく2アウトまでいったのに」
「気にすんなって。だいたい、ここまでがむしろ出来過ぎだったんだ。6回3失点だろ? クオリティスタート(※1)じゃん」
手を合わせて謝る猿田に誰かが声をかけると、他の部員も口々に彼を慰めた。
次の回の先頭打者だった慎吾は、バッティンググローブをはめながらその光景を眺める。
(雰囲気は悪くないな。でも……)
今度は三塁側のブルペンへ目をやった。
先発の渡辺とは別の投手が、投球練習を行っている。
(そろそろ渡辺から追加点取らないと、向こうはどんどん良いピッチャーが出てくるからなあ。こっちは実質猿田一人だから、回を追うごとにジリ貧になる)
不意に、相手ベンチから強い視線を感じた。
釣られてそちらを見ると、海王大付属のエース・松本がこちらをじっと睨みつけている。
(……久しぶりだな、松本と会うのも。随分差がついちゃったけど、まさかこんなところで会うとは、向こうも思ってなかったろうな)
投球練習が終わるのを見計らって、慎吾は右打席に立った。
回の先頭なので、当然サインはない。
(松本も投げたそうにしてるし……僕もそろそろ、打たないと!)
第一打席は四球、第二打席はセンターライナーだった。
打席の土をゆっくりと均してから、ふらりとバットを構える。
* * *
(って、また四球かよ)
バットを置いて一塁に来た慎吾は、肩透かしを喰らったような気分でマウンド上の渡辺を見つめた。向こうはこちらを、どうやらそれなりに警戒しているらしい。
こうなれば、後はチームメイトの活躍を祈るのみ。
サインを見逃さないようにしながら福尾の打席を見守っていると、2ボール1ストライクからの4球目、甘く入ったストレートを、福尾が見逃さずに捉える。
打球は三遊間を抜け、その間に慎吾は二塁へ進んだ。
続いて猿田が打席に入るも、この回の渡辺は相変わらず制球に難があった。
結局ストライクを一つも取れずに四球を出したところで、海王大付属のベンチが動く。
ノーアウト満塁という状況を残して渡辺はマウンドを降り、先ほどブルペンで投球練習していた投手がマウンドに上がってきた。
芽衣が撮ってきた秋季県大会のビデオを散々見ていた慎吾は、サイド気味のスリークォーターというその投球フォームから、すぐさま名前を思い出す。
(確か、東だったっけ。県大会では渡辺より出番が多かったような)
競争の激しい強豪校では、大会ごとに選手の序列が入れ替わることなど珍しくもなんともない。この東も夏の大会ではベンチ外だったのが、今秋は渡辺を抜き、エースの松本に継ぐ2番手格にまでのし上がっていた。
かつてのチームメイトたちも、こんな風に切磋琢磨しているのだろうか。
そんな疑問がふと浮かんだが、今考えることではない、と頭を振って思考を追い出す。
少し長い投球練習が終わって、試合が再開した。
東は球速こそ渡辺に劣るものの、安定したコントロールと曲がりの鋭いスライダーを持つ好投手。
青嵐側は2者連続で三振に切って取られ、あっという間に2アウトとなる。
続いて打席に入った8番・祐川も東の投球に全くタイミングがあっておらず、三塁から戦況を見つめていた慎吾が諦念を抱き始めた、その時だった。
祐川への3球目。
東の投じたボールは奇跡的に祐川のバットに擦り、弱々しい打球が軽く弾みながらショートの正面へ向かった。
海王大付属のショートが猛チャージをかけて捕球しようとすると、その手前でボールがイレギュラーし、彼のグラブから逃げるようにして下をすり抜けてゆく。
ボールとバットが衝突した瞬間、一目散にホームめがけて走っていた慎吾はイレギュラーなど当然目に入っていない。
わっと湧き上がる自軍ベンチを訝しく思い、ホームベースを踏んでからフェアグラウンドを振り返った時には、既に白球が転々とレフトの前を転がっていた。
「何があったの?」
ベンチに戻って皆とハイタッチを交わした後、近くにいた石塚に聞くと、
「ようやくウチのグラウンドが仕事したんだよ」
とだけ言う。慎吾はそれで、大体何が起こったのか察した。
「……向こうのショートも気の毒に」
「でも、いくら整備しても直んないんだよな、あのショート前の凸凹。それに、あのくらいのイレギュラーは俺なら反応できるし」
「それは、石塚がいつもここで練習してるからだろ? あんまり誇れることでもないような……」
「まあ、細かいことはいいじゃん。あいつらはいつも、人工芝の綺麗なグラウンドでたっぷり練習してるんだろ? たまには弱小校の厳しさも味わってもらわないと」
「……」
どこか釈然としない慎吾をよそに、2塁ランナーの福尾もホームへ生還し、これで再逆転。青嵐側に流れが傾いたかに見えたが——。
「ストライクスリー!」
東が青嵐の9番バッター・中井をきっちり抑えると、7回表に再び海王大付属が1点追加して同点。試合はシーソーゲームの様相を呈してきた。
* * *
※1 クオリティスタート(QS:Quality Start)
先発投手が6回以上を投げ、3失点以内に抑えることを指す。
先発投手が7回以上を投げ、2失点以内に抑えることをハイクオリティスタート(HQS)と言うことも。
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